埼玉県の離婚弁護士 レンジャー五領田法律事務所

プラトニック夫婦⑤

プラトニック夫婦

それからまた2年が経過した。大地と海斗は幼稚園の年長さんとなり、いよいよ来年からは小学生だ。ふたりとも相変わらず元気いっぱいで、個性の差も際立ってきて最近海斗は何かと口ごたえをするようになってきた。大地もすぐにそうなるのだろう。
一方、僕たち夫婦といえば順調にセックスレス生活7年目に突入。キュウリの話はもちろんしていない。セックスレスではあるけれど、僕の仕事が忙しくなり帰宅時間が遅くなることが増えた以外に特にこれといった問題もなく、平穏な日々を過ごしていた。

その年の夏休み、僕ら一家は揃って金沢に帰省した。
夫婦それぞれの実家が同じ地方にあると、できるだけ平等に両方の実家で過ごさなくてはならないという暗黙のルールができる。今回は先に僕の実家に行くことになった。
二日目の朝、朝食の席で父親が思わぬ提案をしてきた。
「洋之、今日は大地と海斗は父さんと母さんが面倒見るから、たまには由香ちゃんとふたりで食事でもしてきたらどうだ?去年南町にできたイタリアンの店のランチはお手頃価格で評判いいそうだぞ」
「え?いいね。そうさせてもらおうかな。ねえ、由香」
「ありがとうございます。うれしいな!お言葉に甘えちゃおうかな」
「車使っていいから」
「ありがとう。じゃ、そこに行ってみるよ」
当日じゃ予約できないかなと思いつつも電話してみたところ、幸運にもちょうどキャンセルが出たところに滑り込むことができた。

由香は車の助手席でもずっとはしゃいでいて、信号待ちにチラチラと見た横顔が本当にうれしそうだった。そんな由香を見るのは僕も気分がいい。

雑居ビルの5階にあるイタリアンレストランのトスカーナは去年のクリスマス前のオープンで、正午前なのにもう多くの客でにぎわっていた。通されたのは窓際の二人掛けのテーブル席だった。
「ラッキー!お城が見えるよ」
「本当だ。ついてるね。よし。今日は奮発してこのコースランチAを頼んじゃおう」
「やった〜!」

近くにいた若い女性スタッフに声をかけ、ひとり三千円のコースランチAを注文。
「お飲み物はどうなさいますか?」
「あ、いいよ。由香、何か飲めば?帰りも僕が運転するから」
「いいの?私だけなんて悪いな」
「いいから、いいから。今日は特別だ」
「じゃ、このハウスワインをグラスで」
「かしこまりました」

高級店というわけではないけれど、料理は5品ともしっかりと仕事がされておりふたりとも大満足。特に手打ちの生パスタは絶品で、人気店だというのも大いにうなずける。最後にカプチーノとドルチェのパンナコッタが出てきた頃には由香の顔はほんのり赤くなっていた。
「ちょっと酔ったみたい」
「そうみたいだね。別に構わないよ。自分で歩けるなら」
「それはまだ大丈夫。でもグラス一杯だけなのにちょっと弱くなっちゃったかなあ」
「大地と海斗がいると、食事時に酔っぱらうわけにはいかないからねえ」
「そうなのよね」

なぜかその時、僕は『話すなら今日しかない』と直感した。今日ならふたりとも率直に本音で話せるような気がしたんだ。別に今どうしても話さなくてはならないことではないけれど、このまま永久に放置しておいていいことでもない。いつかは話すべきことだ。

僕は飲んでいたカプチーノのカップをソーサーに戻し、由香に顔を近づけて小声で言った。
「突然だけど、僕たちもう何年やってないか知ってる?」
思いがけない話題に由香は一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐにいつもの表情に戻って答えた。
「私が妊娠して以来だから、もう7年ぐらいになるね」
「そうなんだ。それについて由香はどう思ってる?」
「うん。私もそのことはいつか話しておかなくちゃって思ってたの」
由香は少し残っていたカプチーノを一気に飲み干した。
「ごちそうさま。すごくおいしかった。お義父さんとお義母さんに感謝だね。で、その話、ここだとちょっとアレだから続きは車の中でしようよ」
「そうだな。じゃ、そろそろ出るか」

家に戻るまでの約20分で終わる話でもなさそうなので、僕はとりあえず駐車場から車を出し、百万石通りの邪魔にならなそうな場所を探して路肩に車を止めた。

「言い出しっぺの僕の方から話すべき?」
「どっちでもいいよ」
「じゃ、僕から話す。僕は特に不満とかストレスとかあるわけじゃないんだけど、ずっとレスなのはやっぱり夫婦として不自然なのかなって思うんだよ」
「そうか、私も似たような感じ。でもひとつだけ、それが原因で洋くんが浮気しちゃわないかってことはちょっと心配してる」
「う〜ん、今のところそれはないと思うよ。そんな時間やお金があったら子どもたちや由香のために使いたいし」
「はは。今のところ、か」
「いや、それはその…」
「いいのいいの。未来のことはわからないもんね。で、今でも私としたいと思ってる?」
「僕は今でも由香のことが好きだし、すごく感謝もしてる。由香は本当によくやってくれてると思ってるよ」
「ありがとう。でも、それと女としての私は別じゃない?」
「まあそうなんだけど、そう言う由香はどうなの?僕としたいと思うの?」
「私も洋くんと同じ答えかな」
「僕にはもう男としての魅力はない?」
「そんなことないよ。洋くんは実際より若く見えるし今でも素敵だと思うよ。少しお腹は出てきたけど」
「じゃ、僕としたいと思う時もあるわけ?」
「私だって今でも大好きだから拒絶反応なんて全然ないよ。抱かれたくないなんてことも思ってない。ただ、若い頃ほど積極的ではなくなってきているかも」
「そうだよな。僕も父親になってからは由香のことは一緒に子育てする戦友というか、家族の一員として見るようになったというのは正直ある」
「それ、私もわかる」
「大地と海斗ががいるとやる時間も場所もなかなかないしねえ」
「そうねえ」
「そうだ!明後日からは由香の家に泊まるだろ?今日みたいにお義父さんお義母さんに子どもたちを見てもらって、ふたりでホテルに行ってみない?」
「あ〜いいかも。でも今回は無理だな…。昨日生理になっちゃったの」
「なんと!」