埼玉県の離婚弁護士 レンジャー五領田法律事務所

プラトニック夫婦⑥

プラトニック夫婦

今回の帰省ではあいにくチャンスがなかったけど、東京に戻った後、次の機会は思ったより早くやってきた。例によって金沢から僕の母が上京したのだ。

母親に本当のことを話すのはちょっと恥ずかしかったので、僕は有給をとり会社に行くフリをして先に外出、由香は子どもたちを幼稚園に送ったあと、そのままママ友とランチ会という口実で別々に家を出て駅ビルのスタバで待ち合わせるという作戦だ。母をだますのはちょっと気が引けたけど、なんだかスリルがあって、ふたりでホテルに入る時は少しドキドキした。

遠距離恋愛期間は由香が上京することもあり、その時によく使った池袋のホテルに行ってみた。内装がすっかりリニューアルされてホテル名も変わっていたけど、10年前をいろいろ思い出して気分はそれなりに盛り上がっていた。
ところが、なんとその日僕たちの7年ぶりのセックスは不発に終わってしまったのだ。

原因は僕がちゃんと勃たなかったこと。由香も以前ほど濡れなかったこと。ふたりとも気ばかり焦って楽しむどころではなかった。お互いに妊活時代の義務的で気持ちの入っていないセックスが頭に残っていたこともあるのだろう。おまけに、大地と海斗が赤ちゃんの頃に由香がふたり同時に授乳している姿がフラッシュバックして、僕は由香の体に素直に興奮することができなかった。
その後、様々な回春サプリメントも試してみたけれど、どれもほとんど効果はなかった。スッポンとかオットセイとか、あんなもの効きやしない。さすがに一錠五百円もするED薬を試した時は効いたけど、軽い頭痛や動悸の副作用があった上、その時は由香の反応が悪く、お互いに満足できるようなものではなかった。

僕達は男として女としての自信をだんだん失い始めていた。
「このままだと、やればやるほど泥沼にはまっていくような気がする」
「ごめんなさい。なんだか調子が悪くて…」
「いいんだ。由香のせいじゃないから」
結局、10年も連れ添っていると自然と新鮮さやトキメキは薄れていくし、やはりふたりとも妊活の影響が大きいのだと思う。僕と由香の回春作戦は自然と途切れてしまった。

そんなある時、僕は久しぶりに同期の香川と会社の近所の定食屋で昼食をとっていた。
「ところで、大久保は奥さんとはうまくやってるか?」
「え?う、うん。まあ仲良くやってるよ。何だよ、唐突に」
「それがさ、経理の本田部長、先月離婚したんだって」
「え、そうなんだ?奥さんは確か、元、本田さんの部下だった子だよな?」
「そうそう。で、その離婚の原因がセックスレスだったそうだ」
「セックスレス!」
僕は思わず箸を止めて身を乗り出してしまった。
本田さんは当時バツイチの独り身で、新卒で入社してきた元部下の女性と3年前に結婚したんだけど、結婚まで誰も二人の関係に気づかなかったことや年が20歳近く離れていたこともあって、当時おおいに社内で話題になったものだ。
香川の話によると、本田さんが結婚後ED気味になってしまい、ふたりであれこれ努力してみたんだけど、そのうちうつ状態になってしまった年下の奥さんから離婚話が持ち上がり、本田さんが抵抗したものだから、こじれた挙句、お互いが弁護士を立てるという事態に発展したということだ。
「子どもはいなかったの?」
「いなかった。最後はそれが離婚の決め手になったみたい。セックスレスということ以外本田さんに不利なことはなかったそうだ。要するに、条件はいろいろあるんだろうけど、夫婦にとってセックスはとても重要なもので、セックスレスは離婚の理由として法律的にも認められるってことなんだな。結局、奥さん側が本田さんに慰謝料を請求しないという条件で和解したそうだ。奥さんがうつ状態だったから、できるだけ禍根が残らないよう弁護士がうまくとりはからってくれたんだって」
「奥さんは他に男をつくったりはしてなかった?」
「してないそうだ。彼女は寿退社したけど、当時から仲が良かった彼女と同期の子からの情報だから確かだと思う」
その時の僕の脳裏には、例のキュウリとカッパが浮かんでいた。

『セックスレスは離婚の理由として法的に認められる…』
僕たち夫婦とは状況が違うにしても、この事実は僕にとって充分にショッキングだった。本田さんの元奥さんがうつ状態になってしまったということも気になる。
回春作戦に失敗してからは、僕も由香もセックスに対して腫れ物に触るような扱いになってしまい、そのまま放置されたこの状況でいいのか。真面目で一本気な由香のこと、女性としてのプライドが傷ついて精神的に追い詰められてはいないか…。
考えれば考えるほど不安は募っていった。