埼玉県の離婚弁護士 レンジャー五領田法律事務所

谷川岳④

谷川岳

「お母さんー、明日朝早いから起こしてー。」
時は過ぎ、百合の成人式の日がやってきた。百合は達正の顔立ちにそっくりになった。その整った顔立ちは今でも智恵子の記憶に新しいけれど、遠い思い出になっていた。苦しかったはずの日々はいつか智恵子の中で「大貧乏・大笑い話」に変わっていた。卒業式古い黒い革靴を引っ張り出して履いたら、式の途中から革が粉々になってしまってこどもが泣いたとか、パン屋さんに買いに行ったら、売り物のパンを梨花が食べちゃったとか、智恵子は保育士の仕事の他に子育ての相談員を担い、自分の経験談をおもしろおかしく話しては悩んでいるお母さんたちをよく笑わせてきた。

 成人式の朝はよく晴れた青空で、一月の張り詰めた冷たい風が吹き荒れていた。

早朝の美容院から、成人式、同級生たちとの食事会の梯子と百合の特別な日の運転手は達正だった。朝一番珍しく遅刻もせず時間通りに玄関のチャイムがなった。「よっ!」とまるで昨日も一緒にいたみたいな達正の挨拶と共に1日がはじまった。

 美容院で着付けをしてもらい、百合は深緑の振袖を纏い成人式へと出発した。

智恵子と達正はその背中を見送った。

 

長い年月は2人の間を穏やかにしていた。あの張り詰めた怒りも切り詰めた心の不安も、もう何もなく、ただ2人の娘の親として肩を並べていた。

 

Fin.