埼玉県の離婚弁護士 レンジャー五領田法律事務所

猪狩②

猪狩

「今日産婦人科に行ってきた」佑香が言った。
「どうだった?」剛が言った。
「やっぱりいるって」佑香が言い、それからしばらくの沈黙があった後、
「今回は産むのはやめておこう」と剛が言った。
「え、どうして?」剛は当たり前のように産むことを選ぶと思っていた佑香は拍子抜けした。
「いや、ちょっと佑香も大変そうだし…」
「中絶するってこと?」
「そうだね…」

結局、何日か話し合った結果、頑なに剛が望んだこともあって出産をあきらめることにした。産婦人科で手術をした後、佑香はいたたまれない思いと同時に、これ以上子供を産まなくて良いような解放されたような感じを持った。

ところがそれから一週間ほどした頃、恵理子から突然電話がかかってきた。

「さっき、旦那さんの車を見たよ。助手席に若い女の子が乗っていて、何だか親密な感じだったけど佑香は知ってる?」
「え?全然知らない」佑香には寝耳に水だった。
「確かに旦那さんだったと思う。私の考えすぎかなと思ったんだけど、心配になったから一応伝えておくね」恵理子が言った。
「うん。ありがとう」佑香は胸騒ぎを抑えられず、電話を切った後すぐに剛に電話した。剛は電話に出なかったが、その日は比較的早い時間に帰ってきた。
「ごめん。朝から忙しくて電話に出られなかった」
「今日女の子と会ったりしてた?」
「いや、何で?」そう言ったが、まるで警察の取り調べのように淡々と尋問する佑香に対して、剛は意外にも比較的早い段階で白状した。
「正直に話すと実はその人に子供ができたんだ。佑香に話さなければいけないとは思ってたんだけど」剛が言った。

さらに家には迷惑をかけないから責任を取って認知したいと言うのだ。それを聞いた佑香の頭の中は真っ白になった。その後2人がどんな話をしたのかすらほとんど覚えていないほどであった。

当然の事ながら離婚という選択肢は佑香の頭には浮かんだ。しかし同時に、いま離婚したら生活していけないとも思った。3人の子供たちに苦しい思いをさせることになる。完全に剛の経済力に依存している自分を情けなく感じた。何しろ剛の年収はざっと数千万円はあり、使えるお金も平均的な家庭よりははるかに多い方なのだ。それ以外に自らが立ち上げた会社の株式を保有している。もし会社が上場するようなことがあったら、確実に成功者としての生活は約束されるだろう。離婚したところで、それほどの経済力と可能性を持つ男性とこの先3人の子供を連れた自分が結婚することは難しい。かなりの美人である佑香でもそう思えた。それなりにプライドを持って生きてきた佑香には、経済力さえあればある程度のことを許容できることもわかっている。剛が離婚したいなどと言い出さないうちに、波風を立てないように佑香は自分の側が折れることが得策との結論に落ち着いた。

その後しばらくしてから、剛から助手席の女が流産したことを聞いた。この時佑香は悪いことは続かないものだと思って少し安心した。また剛が反省しているように見えたことも佑香の気持ちを慰めるのに役立った。佑香は剛の過ちを許し、目の前にいる夫と愛し合う喜びに目を向けることにした。そのような中で佑香に妊娠が発覚した。その後四人目の男児が生まれ、佑香はそれをきっかけにして新しく家族のあり方を作っていけたらと希望を抱いていた。