埼玉県の離婚弁護士 レンジャー五領田法律事務所

猪狩①

猪狩

剛は端正な顔立ちをした長身で、街を歩けば人気の若手俳優に間違われるような青年であった。大学時代にベンチャー企業を立ち上げ、スポーツカーを何台か所有している。剛と佑香は結婚してから、子供たちと品川のタワーマンションに暮らしていた。

桜もそろそろ終わりかという暖かい日に、佑香は数少ない友人の恵理子と目黒川沿いのカフェにいた。佑香が北海道の実家を離れ東京の大学に進学した時からの付き合いで、2人とも敬虔なクリスチャンの家庭で育ったことから意気投合した。

「私、このままのペースで産んだら何人家族になっちゃうの」佑香が言った。佑香はつい先日3人目を妊娠したことがわかったのだ。結婚して3年目で3人目を妊娠したというのはいささかペースが早い。25歳で子供が3人というのは昔は決して珍しくはなかったのだろうけれど。
「旦那さんは経済力もあるし賑やかでいいじゃない。子供は3人の予定?」恵理子が言った。
「上が2人女の子だから、男の子が生まれたら私はもう十分かな。2人だけでも死ぬほど大変だし」と佑香は言った。

実は佑香には少し気がかりなことがあった。剛から求められるままに性交に応じてきたという部分が大きいのだ。さらにこの夫婦は避妊をしたことがない。結婚したばかりの時はそれで良かったのかもしれない。お金の心配はない、子供たちはすくすくと育っている。ただ3人目を妊娠したこの時、佑香は不安な気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。

その夜、佑香は剛と話した。

「私、最近1人になると不安な時があるの。子供たち2人を育てながら、もう1人お腹の中にいるって結構大変なの。もう少し早く帰ってきてもらったりできないかな」
「それは難しいよ。俺の役割は仕事でしょ。佑香や子供達に苦労させないようにしてるつもりなんだけどな」
「それはわかってる。時々少し子供たちを見ててくれるだけでいいの」
「ごめん。今は仕事の勝負時だから厳しい」
「そうだよね。わかった。もう少し頑張ってみる」

佑香は10カ月後に無事3人目の男児を出産した。男の子が生まれ、もうこれで十分と自分のなかで1つの区切りがついた感覚があった。

しかし、それは佑香の希望にすぎなかった。出産直後から剛は家に帰ってくると佑香の体調や時間などを気にせず性交を求めてくる。酒に酔って午前2時を回ってから帰ってきた剛の要求に応じるようなことも多かった。佑香にはそれが妻の責任のように感じてしまう節があった。もともと佑香はあまり人に強く自己主張をする性格ではない。それをいいことに剛の当たりは徐々に強くなり、2人の間に力関係が生じていった。1年が過ぎた頃皮肉にも4人目を妊娠したことがわかった。