東京の街は華やいでいた。同時に少し懐かしい感じもした。僕は上機嫌になってダレスバッグから法廷用のマントを取り出し、これを羽織った。誰もがキングコングとして生まれ変わった僕を見て振り返っているような気がした。スキップして家まで帰りたい気分だった。マンションのある駅に着いたが、そのまま帰る気になれず、長男がまだ受験勉強を始める前、僕がキングコングにもスーパースターにもなっていない時に釣りをした川に行ってみようと思った。僕と長男は川縁から糸を垂らす釣り少年達の見様見真似でゴカイを餌にここでイサキの子供を釣ったのだ。橋の欄干の方に糸を投げるとイサキの子供はいとも簡単に釣れた。釣れた魚の白い腹がキラキラ海面上に浮かび上がると長男は大絶叫して喜んだ。僕はあの時、イサキの子供を釣るように簡単に長男を喜ばすことが出来たのだ。しかしその日の川は釣り人の担保もなく静寂を奏でるのみでその勢いを失っていた。イサキの子供も一匹も居ないような気がした。僕は今、イサキの子供すら釣ることが出来ないのではないかと思う。そう思った瞬間、股間に激痛が走り始めた。麻酔が切れたのだ。途端に自分がジーパンを履いて来たことに強い後悔を持った。ジーパンのジッパが金ヤスリのように僕を苦しめ一角の容赦もなかった。慌てて痛み止めを取り出したが、激痛のため唾が思うように出て来ず、飲み込むのがやっとだ。僕は慌てて包皮を戻そうとジーパンに手を突っ込んだ。包皮は今さっき切り取られ無くなっていた。ふと、背後に殺気を感じた。
背後には血の匂いに集まった鱶の群れのように到底身の丈に合わない狂気じみたことを純粋に実行しようとしている少年たちの群れが立っていた。彼らは各々石礫を持ち、それを僕に投げようとしていた。少年の一人が放った石礫は頭を擦り、僕は遅れて石礫が回転して空気を切り裂く音を聞いた。僕は本能的に頭を腕で巻き込むように守り、本日突如として第一位に躍り出た急所の防御を忘れたことを知った。その直後、幾つかのヒットと共にホームランとなる一撃が僕の股間にクリティカルヒットする。神のご加護か意識は薄らいで行く。股間の激痛は綿雪が溶けるように消えて行った。
僕は死んだのだろうか。二人の天使が空から降りて来た。天使は赤と青の帽子を被った髭の濃い双子の障害者だった。彼らは奇声を上げながら、二人でクルクルとジルバを踊るように廻りながら空を浮遊している。彼らは髭も濃かったが、体毛も濃かった。僧帽筋が異様に隆起する体躯も180センチ以上はあった。僕はその双子をどこかで見たことがあった。あぁそうだ。アイツらだ。いつも僕の勉強の邪魔をしていたアイツらだ。僕は司法試験を受けながらスーパーで食品レジを打っていた。パートが始まる前、僕はスーパーの2階で憲法の条文の暗誦をしていた。そうすると動悸が止んだんだ。でも、アイツらがスーパーの2階の奥のユーフォーキャッチャーをする日はぬいぐるみをゲットした日もしなかった日も階中を来日したてのロードウォーリアーズのように練り歩くもんだから僕の大事な暗礁は頓挫した。そんな日は決まってレジ打ちをミスって僕は社員にハンコをもらいに行かなければならなかった。ハンコを貰いに行く社員には僕より年下の奴もいた。僕はもう既に30を超えていた。ところで、彼らの親はどこにいる?親らしき女性は居た。確かに保護者として彼らの後を追ってたが、足はおぼつかず老いていた。母親ではなかったかも知れない。父親はおらず、母親は蒸発したか、自害したのだろう。だけど、彼らが僕の人生に何の関係があるというのだ。スーパースターの僕の人生と。