埼玉県の離婚弁護士 レンジャー五領田法律事務所

スーパー☆(スター)弁護士④

スーパー☆弁護士

 それから程なくして僕は手術台に上がった。ドクターはTSB代表の鏡健一だった。僕と鏡医師の出会いは10年前だ。医大生だった彼が駅でスカートを盗撮した罪で捕まった頃からの付き合いだ。親戚一同を引き連れてファミレスに来た被害者はセルライト波打つ淑女だった。国選だからお礼は出来ないと言いつつ、差し押さえを免れた動画をお見せしたいと言い、僕は有り難くその感謝の意に乗じた。鏡は想像を軽々と超えて来る病的なデブ専だ。その後、彼は脂肪吸引を極め、美容業界で成り上がった。今では全国に多くの支店を持つ経営者で、メスを持つのは久しぶりだと僕に告げた。鏡の扱う電気メスのジジジという音が手術室に響き渡り、それがリズムを持ち始めて周を描くと、僕は初めて手術室に風が吹いていることを知った。
「これって、機能は果たすのですか?」とモーパッサンを読んでそうな痩せぎすの女性研修医が言う。
「すみません、先生。彼女は東大の理三を卒業しているんです。」と鏡は言った。
「大丈夫だよ、鏡。東大出ってことはセンター試験を受けてるから普通の女じゃない。きちんと機能を果たすとその子に伝えてくれ。」と僕は言った。
「もちろん機能は果たすよ。君、男性経験はあるんだっけ?」
「ないです。」とモーパッサンを読んでそうな女が答えた。
「自慰行為はするかね?」
「それは毎日します。」
「そうだろうね。意識の揺れが少ない。君は内定だ。」と鏡は言った。「来月から渋谷院の副院長をやって貰う。赴任後は忙しくなる。その前に温泉旅行にでも行きたまえ。一緒に行く男性はいるかね?」
「えっ、居ませんよ。そんな男性。」
「そうか、では手配しよう。後で好みのタイプを伝えなさい。怖がることはない。心配は要らない。全て上手く行くからね。」と鏡は優しく微笑んだように見えた。
 ふと興味が湧いた。その処女喪失旅行に参加してみたい気持ちさえ芽吹いた。それは旅行ではなく旅になるだろう。彼女はモーパッサンから卒業し、新しい人間になる。「女の一生」の始まりだ。
「少しいいかな。好きなタイプってどんな感じの人?もちろん答えたくなければ答えなくていいけど。ただ忘れて貰っては困ることは、僕は初対面の君に対して殆どの全てを晒け出してる。今となっては包み隠すことなくね。」
 僕の柔らかな核心を優しく撫でていた手術室に流れる緩やかな風が止み始めた。マスク越しに見える鏡の顔が真摯になっている。縫合が始まったのだ。
「清潔感のある方であれば、それで良いです。」と彼女は言った。
「清潔感か、いい言葉だね。僕のそれはどうなるかな?」
「それですか?」
「それだよ、それ。さっき君が言った清潔感に関するそれ。」
「あっ、なるほど。今日以降鰻登りになると思います。きちんと機能を果たせばの話ですけど。」と彼女は頬を赤めながら朴訥に答えた。
 僕は彼女の旅が実りのあるものになることを心から祈った。
「鏡、分かってるだろうな。」
「分かってますよ、縫い目が見えないように綺麗にやってます。」
「そうじゃない。清潔感の溢れるのを手配してくれ。バルサンみたいに清潔感がモクモクと出ているのを。」
「あぁそっちですか。先生、セクハラですよ。」と鏡はおどけて言った。縫合は終わったようだった。
「お前にだけは言われたくないよ。この一大事にぺちゃくちゃ喋りやがって。」

 この手術を受けようと思ったのは3週間前のことだ。マンションのチャイムが鳴るとモニター越しに茄子紺色の封筒を持った配達員が立っていた。妻からの懲戒請求の答弁書の〆切りはまだまだ先だった。一体何の知らせだろうと封を開けると新たな懲戒審査開始通知で請求者は豊田マッハであった。内容は対象弁護士が裁判所の駐車場で請求者に対し「その胸って天然ですか?」というあたかも請求者が豊胸手術を受けたことを彷彿させる発言をしたということでそれは「品位を失うべき非行」だということだった。確かにそれは品位を失わせる非行だろう。しかし、それは「このドリチン野郎」に対して答えたもので、バカと言われたからアホと言い返したことに過ぎない。僕は「一体、どんな了見で自分がドリチンだって言うんですか?」とマッハに尋ねた。するとマッハは「ウチの若い弁護士が裁判所のトイレで見たんだよ。樽井のチンチンはチューリップなんてモンじゃない。小学生の時育てた朝顔が咲いた後みたいだったって。笑ったね。あんなに笑ったのはもう思い出せないよ。兎に角笑ったなぁ。笑った、笑った。」と眼前でホルスタインを揺らしながら答えた。控えめに言って僕は胸を触られたどころじゃなく、前腕の毛が濃い中年男にパンツの中身を探られた女子高校生のようだったろう。そして、スーパースターになる前の僕がヒクヒク痙攣する口の角を必死にあげて放ったゴマメの歯軋りが件の天然発言だったのだ。
 だったらこっちもやってやると言わんばかりに、懲戒請求書のドラフトを作成し、粗いが地響きが聞こえてくるかのような力強いデッサンが終わったところで、僕はマッハの品位喪失日を確認した。すると昨日でちょうど三年が過ぎている。懲戒請求は懲戒事由が発生してから3年で除斥となる。僕は制度上昨日付けで、豊田マッハを糾弾する資格を喪失した。時効ギリギリで提訴して反訴の権利を実質放棄させる海老寺一派の遣り方がここでも炸裂した訳だ。そんでもって僕は、マルクーゼもマルクスすら読んだことのない順応主義者がそのまま老成した奴等に小学校の帰りの会の公式版のような私的制裁を喰らうんだ。いや待てよ、と僕は思い止まった。マッハのホルスタインが天然か人工かの争点は立証に多大な困難があり、それ自体が新しい懲戒事由を生み出すパンドラの箱になる。これに対し、僕の性器がドリチンかどうかは立証が可能で、僕の指先の匙加減である。光明が差し、ネクターを飲みたい気分になった。しかし、すぐさま躊躇した。ただ待てよ、僕は実物の海老寺蕾にあったことがない。僕の綱紀委員会における一世一代の展示による立証の最中、海老寺蕾が出て来て僕の包皮を戻してしまったらどうなる?それこそ物笑いの種子じゃないか。綱紀委員会の奴らは僕の審査を終えた後、「ちょっと早いですが、いっぱいやりますか?」とか何とか行って夕方から飲み屋に入り、酒を飲むのだろう。そして、海老寺蕾は「つまみは何にしましょう。」の問いに「必要ないわ。だってそうでしょう?」と答え、こう繋げる。「つまみはあの朝顔で充分よ。」と。そんなアンチクライマックスを傍目に猛り狂う屈辱感から一つの啓示が芽生えた。それはこうだ。僕はキングコングにならなくてはならない。スーパースターを超えたキングコングに。順応主義者の群れに一人で立ち向かうキングコング僕!
「分かっていると思いますが、暫くは絶対にセックスも手淫もしないで下さいね。」と鏡は念を押した。
「大丈夫だ。する気にならないし、相手も居ない。」
「えっ?」
「いや、何でもない。ソレらが全部出来るようになったら飲みに行こう。礼をするよ。」と僕は言い、鏡にサヨナラを告げた。