埼玉県の離婚弁護士 レンジャー五領田法律事務所

春到来🌸特別お悩み相談〜音柱宇髄天元

煉獄さんの死から幾星霜、私はアニメで猗窩座との死闘を見直すと彼らの間には相当な実力差があることが分かりました。剣筋は見切られており、その奥義は首元まで届いたものの、炭治郎が加勢に来たのが裏目に出たと思っていたのとは裏腹に、猗窩座は自分で自分の腕を破裂させて煉獄さんの炎の道連れを脱出していたことを確認したのです。煉獄さんの死は惨敗の上に生じた犬死とも呼ぶべきものでした。無限列車の車中で弁当を買い占め「美味い!美味い!」と叫ぶところまで巻き戻ってみると「結婚した奥さんは大変だな。」「友達もいないだろうな。」が転じて「はっきり言って死んでくれて良かった。」とまで思うようになりました。そうです、私は煉獄さんロスのトラウマから回復しつつあったのだ!それともに、私は新しいシリーズ遊郭編のキャラである音柱の宇髄天元のことを推し始めていました。宇髄さんは忍びの家に育った9人兄弟の一人で、兄弟同士の殺し合いの末の生き残りという壮絶な生い立ちですが、その美貌を隠すように奇妙な化粧を施して底抜けに明るく、これを象徴するように妻が3人もいます。遊郭編はオープニングテーマが宇髄さんの花火とともに打ち上げられる「イエ〜ィ!」のド派手顔から始まるため、私の日曜の夜は次第にメロディアスな明るさを帯びるようになりました。小学生の頃に植え付けられた、笑点から始まってサザエさん、花王名人劇場に繋がりシオノギ製薬提供の歌番組が始まると「あぁ明日学校か。」という認識を突きつけられる長い日曜の夜の灰色がかった歴史が塗り替えられようとしていたのです。遊郭編の鬼は上弦の陸の堕姫です。堕姫は多くの柱を葬って来た鬼であり強敵であることは間違いありません。しかし、水の呼吸に見切りを付けカクテル呼吸の使い手となった炭治郎と覚醒してステロイド全盛期の女子ボディビルダーのようになった禰󠄀豆子の兄弟タッグに翻弄されるなど背筋が凍りつくような強さは感じません。私は妻に「これじゃ宇髄さんの出番もないな。やったぜ。ド派手に行くぜ!」と言って見せると、妻は不気味なアルカイックスマイルを見せました。この反応に不安を感じた私はコマーシャルの間に息子の部屋に行き、「上弦の陸の鬼って大したことないな。」と言うと、平民中学に通う息子から「物事には原因と結果がある。上弦の陸と呼ばれるようになったのかにはその原因がある訳だ。」と箴言めいた言葉が返って来ました。息子の部屋から戻ると俄に堕姫が上弦の鬼にも関わらずわぁ〜んと泣き始め、その直後、何ともう一体鬼が増えました。私は「ギャッ!ギャ〜ァ!」っと叫びました。妻はその瞬間を待ち構えていたように季節限定パイナップル味のストロングゼロのプルトップを開け、ロング缶の半分ほどを呷りました。堕姫の兄は毒を仕込んだ二頭の釜の使い手で異様な風態をしています。突如現れたもう一体の上弦の陸は宇髄さんを舐めるように見ながら「いい顔をしている。」「背も6尺はあるな。」「さぞ女にモテるだろうなぁ。」と心の中で思い、こう締め括りました。「肌もいい。」と。その台詞を聞いたこれは私はモテと非モテの構造だなと悟りました。女性に好まれるかどうかは健全な子孫を残せるかどうかをメルクマークとされ肌の美しさによりその掛け合わせによって生まれた子の免疫力の高低を瞬時にかつ的確に見極められる。非モテは恨めしい眼差しでその残酷な現実を思い知らされている為、このことをモテより皮膚感覚レベルで知悉している。その知悉を凝縮した一言が堕姫の兄妓夫太郎の「肌もいい。」なのです。宇髄さんは妓夫太郎に対して「俺には妻が3人いる!」と銘打ち、その鮮やかなモテと非モテのコントラストに私は唸りを挙げました。その週は不思議なピーチパイでした。アンニュイな月曜の夜、年末に録画していたFNS歌謡祭を何の気なしに観ているとラストで桑田佳祐が出て来て東京オリンピックの歌を歌ってグランドフィナーレを飾りました。サビが「栄光に満ちた孤独なヒーロー、夢追う人たちの歌〜ぁ♬」と言う歌です。私は囚われの聴衆としていつまで桑田佳祐の歌を聴き続け、一体いつまで晩秋が来る度に深田恭子の水着姿を見続けなければならないのだろうと得体の知れない不吉な塊に怯えながら、何の気なしにその東京オリンピックの歌を桑田佳祐のモノマネで歌ってみました。すると太母と直結したかのような高揚感が私に芽生えたのです。私の桑田のモノマネは拙くぎこちないものでしたが、それ故の愉快さがありました。モノマネを続ける中でサビの意味をも探求し、あぁメダルを取る人の孤独は深淵である。夢を追う人つまりはメダルを取れないような人は彼らよりも孤独でないから幸せなんだと言う光と影の抑揚を描いているんだなとポツリ解釈すると、私の桑田のモノマネは独特な風合いを帯びました。そして運命の日曜日がやって来たのです。夕方、妻がカラオケに行くと言うので鞄持ちとしてこれに馳せ参じました。私の母はどこに行くのにもタッパを持って行く人でその母に育てられた私は当然質素でした。そのことは霞ヶ関で働く上級国民となった今でも変わることはありません。私はカラオケに行くときは必ず持ち込みをする。駅前のカラオケボックスに向かう最中、同じく駅前のサミットでは…何か華やかな美しい音楽のアレッグロの流れが、見る人を石に化したと言うゴルゴンの鬼面的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリウムに凝り固まったと言うふうに…レモンが並んでいました。私は深夜の湖の底のようなマッドブラックのレモンを4本手に取り小銭でそれを買った。小銭には錆びて緑青掛かった十円玉も混じっていた。それにしても、レモンの冷たさはたとえようもなく良いものでした。私は市井の人々が買い物をするために止めた自転車の列の端っこに自転車のように立って妻の鞄に入れたレモンを一つ飲み干した。カラオケボックスに入ると妻は私を試すかのように煉獄さんの追悼歌を歌っていました。しかし、私は動じません。悲しみを迎えに行くのはヤメよう〜♬です。鞄の中のレモンは冷たさを失い始めていましたが、栓を解くと木目細かい気泡が私を幸せな気分にしました。鼻を撲つレモンの香りによってその産地だと言う南足柄の地が想像に上がってくる。そして、私は全世界の中で唯一アメリカの白人労働者のみ平均寿命が短くなっていて、その理由がレモン果汁の飲み過ぎだというニュースを思い出した。電車の中で車掌のモノマネをしながら奇声を発する青年も、我々霞ヶ関で働く上級国民も退官すれば同じような生活を送るこの成熟社会で、寿命が縮まるのは不幸なニュースであるのか幸福なニュースであるのか誰がその判別をするのだろう。私は雑音を振り払うかのように恐る恐る東京オリンピックの歌を入力しました。…それはまんざらでもなかった。いや、上出来だった!妻は私の桑田のモノマネを聴いてアホの坂田のようだと言ったがそれは普段の金切り声からすれば柔和な諧謔でありました。私はモノマネをして一つの歌を歌い切った。退官はしていないが誰に頼まれた訳でもないのにモノマネをして電車の中で奇声を発する青年と同じになったということに本質に先立つ実存を見つけ私は悦んだ。レモンは全て殻になっていました。そして遂に2315がやって来たのです。妓夫太郎の毒が徐々に廻っているとは言え宇髄さんの変わらずのド派手な登場に心が軽やかになりました。炭治郎が妓夫太郎の血鬼術に吹っ飛ばされたことにより、地上では宇髄さんと妓夫太郎のシングル、階上では堕姫対炭治郎、善逸と猪之助という変則マッチが同時並行します。那田蜘蛛山までは炭治郎だけ、無限列車では猪之助が予想外に活躍しましたが、同期3人のトライアングルは記憶が許す限りでは初めてのことと思い心が湧き上がりました。炭治郎と本当に眠っている眠狂四郎たる善逸の支援射撃により、猪之助の双刀が堕姫の首を捉えます。そして、これらを鋸のようにギザギザして堕姫の首を刎ねることに成功しました。「やった!」と私は喝采の雄叫びを挙げました。ただ、上弦の陸は二体で一つであるが為2体同時に首を刎ねなければなりません。しかし、宇髄さんの読みによりそれは同時でなくても構わないという認識は共有されています。猪之助は堕姫の首を持って遠くに逃走します。それにしても心というものは何とも不思議なやつでしょう。つい最近までSEKAI NO OWARIのピエロと呪術廻戦のパンダみたいなキャラと猪之助の違いが分からなかった上級国民の私が漫画の中の猪のお面を被っている奇妙な少年の活躍に熱狂しているのです。「走れ、猪之助!」炭治郎が叫び、私は同じ台詞を重ねました。次の瞬間です。6時の方向から飛来して来た妓夫太郎の毒釜に猪之助の左胸が貫かれます。これと同時に観る者の不安を最高潮にさせるヒッチコックばりの炭治郎の神経質な驚き顔のアップが映し出されました。シングルで闘っていた妓夫太郎がフリーになるということは…?そして画面が切り替わり、手首を刎ねられ地面に這いつくばった見るも無惨な宇髄さんがセピア色になって私の目に飛び込んで来たのです。エンディングテーマが流れ、私もセピア色になりました。小学生の頃に植え付けられた、笑点から始まってサザエさん、花王名人劇場に繋がりシオノギ製薬提供の歌番組が始まると「あぁ明日学校か。」という認識を突きつけられる長い日曜の夜の灰色がかった歴史がセピア色一色に塗り替えられました。私は遊郭編は愚か一生鬼滅の刃を観ることはないでしょう。残酷な世界が酷すぎる。私はどんな妻のモラハラにも耐える覚悟でこのセピア色の世界を生きていきます。そして、モラハラにも適用される法改正が施行されたらすぐ保護命令を申し立てるつもりです。申立先は家庭裁判所で間違いないですよね?