埼玉県の離婚弁護士 レンジャー五領田法律事務所

妻を寝取られた男⑧

妻を寝取られた男

美帆と林の密会はおおむね1ヶ月に1回のペースだったようだ。そして、美帆と話をしてから最初のその日が近づいて来た。もちろんその間も何事もなかったかのような偽りの日々は続いている。

あの日以来、美帆と林の話は一切していないし、美帆からも何も言ってこない。あのとき何も決められなかった真一に対して、どうすればいいのかわからないと言いながらも自分の意思はしっかりと示した美帆。美帆はまたこの火曜日も林と会うのだろう。
結局、真一が美帆に何も言い出すことができないまま、その日を迎えることになった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
その日の朝、美帆は真一と目を合わせようとしなかった。
会社に行っても、今頃ふたりは…と考えると仕事にも身が入らない。『俺は認めたわけではない。ただ、結論を出すのに時間が必要なだけだ』真一はそう考えることで自分を納得させるしかなかった。

その夜の美帆はいつにも増して疲れているようだった。きっと真一にバレてしまったことでいつも以上に激しい逢瀬になったのだろう。
ぐっすりと眠っている美帆の寝顔を見ながら真一はつぶやいた。
「俺は認めたわけじゃないからな」

それからまた1ヶ月後の夜。
「認めたわけではないよ。ただ時間がかかってるだけだから」
「わかってる」
「ところで、林には俺にバレたことは話したのかい?」
「話せないよ。そんなこと言ったら林さんは私から離れていってしまう」
「じゃあ、美帆は俺が林に言う心配はしていないの?」
「真ちゃんはそんなことしない人だと思ってるから」
「そんなのわかんないぞ」
「真ちゃんはプライドが高い人だから。それは私が一番よく知ってるつもり」
「見透かされてるんだな」
「そうよ。お見通しなの」
「美帆は林に出会ってなんだか強くなったな」
「そんなことないよ。今だって苦しいよ。私だって苦しいの」
美帆の目から涙がポロポロこぼれた。
「泣きたいのは俺の方だよ。俺なんかプライドをズタズタにされたんだぜ。俺の方がずっと苦しいさ」
「そうだよね、そうだよね…」
そう言って美帆はまた涙をこぼした。

次の火曜日の朝、美帆の様子がいつもと違っていた。何か思いつめたような表情で、ぴりぴりした緊張感が漂っている。『もしかしたら?』と真一は思ったが、あえてそれを美帆に確かめることはしなかった。

「ただいま」
その日、真一がいつもより早めに帰宅すると、玄関に娘の小百合が走り寄ってきた。
「おかえりなさい。ママ、今日ずっと泣いてるの。悲しいことがあったんだって。でも大丈夫だから心配しなくていいよって」
キッチンで夕食の用意をしていた美帆は目を真っ赤に泣き腫らしていた。
「おかえりなさい。あとで話すね。全部」
「わかった。お、今日は小百合の好きな唐揚げじゃないか!」

夫婦の寝室にはベッドがふたつ。
ふたりそれぞれのベッドに腰掛け、美帆が今日の出来事を話し始めた。
真一に問い詰められた時は林と別れないと啖呵を切った美帆だったが、やはりずっと真一に申し訳ないという罪悪感がくすぶって毎日が辛かったそうだ。自分がどれだけ身勝手なことを無理に通そうとしているのかもよくわかっていたと。散々悩んだ挙句、どうなってしまうか予想がついていながらも美帆は林に正直に打ち明けたのだった。

ホテルの部屋に入って開口一番、美帆が言った。
「私たちのこと、夫にバレちゃった」
「えっ、本当かい?僕が何かヘマをした?」
さすがに普段冷静な林も動揺を隠せない。
「ううん、林さんのせいじゃない。私の不注意」
「旦那さんにぶたれたりしなかった?」
「それはないよ。うちの旦那はそういうことはしない人なの」
「そうか、そうなのか…」
林はうつむいてこぶしを握りしめた。
「もしかしたら、今日会ってることも?」
「知ってます」
林は『ふーっ』と大きなため息をついてしばし天を仰ぐと、美帆の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「わかった。仕方ない。残念だけどもうこれっきりにしよう」
林は以前から、美帆の家族に少しでも迷惑がかかるようなことがあったら、すぐに身を引くと言っていたのだ。
「いや!私たちのこと、夫に認めさせるから」
「そんなことできるわけない。旦那さんにもプライドがあるんだし、小百合ちゃんが苦しむ」

林はその場で美帆と連絡していたSNSのアカウントや登録されていた美帆の携帯番号を削除し、美帆にも目の前で同じことをさせたそうだ。
人妻との浮気がバレた男は、夫からの仕返しや慰謝料の請求が怖いはずだ。でも林は、それよりも本当に家族や小百合のことを心配していたらしい。真一は林とは一度、ほんのちょっと言葉を交わしただけだったが、確かに彼ならそう考えそうだと思った。

話している間もずっと美帆は泣いていた。
「そうか、辛かったな」
「うう…」
「こっちにおいで」
真一は泣き崩れる美帆を自分のベッドに呼び寄せ、優しく頭をなで、抱きしめた。