埼玉県の離婚弁護士 レンジャー五領田法律事務所

妻を寝取られた男⑤

妻を寝取られた男

「あ、ちょっと疲れ目に効く目薬を…」
目薬売り場の前まで真一を案内してくれた彼女にひとりの中年男性が声をかけた。
「岡崎さん、レジお願い」
「はーい、店長」
と、その店長という言葉で、真一はあることを思い出した。

美帆がこの店に勤めだして1年ほど経過した頃だったか、当時の店長が他の店に異動になるとのことで、美帆がその送別会に出席したことがあった。その夜、美帆は珍しくかなり酔っ払って帰宅したため真一の記憶にしっかり残っていたのだ。

《40代の疲れ目に!》と大きくパッケージに書かれた目薬を適当に手に取りレジに向かうと、ちょうど岡崎さんの列にあたった。

「店長さん、替わられたんですね」
「あ、林店長ですか?もう1年ぐらい前ですけど」
「あ、そうそう。今、林さんは?」
「確か品川の方のお店に異動になったって聞いてますよ」
「品川のどのお店ですか?」
「そこまでは…ちょっと」

会計を済ませ、店を出るやいなや真一は携帯で品川区の店舗を検索してみた。4店あった。居てもたってもいられなくなった真一は、その足で品川方面に向かった。
二人が密会していた五反田も品川区だ。そして林という名前とWOODYの関連性も気になる。WOODには「木・森・林」といった意味がある。真一は確信に近い感触を得た。

大井町店、鮫洲店、3店目の八潮店に着いた頃はもう日は傾き夕方になっていた。
「間違いない。WOODYだ」
WOODYこと林は、ちょうど入口の正面に、アルバイトと思われる若い男性店員と特売用の栄養ドリンクの特設コーナーをつくっている最中だった。真一は何食わぬ顔で彼らに近づくと、林を観察しながら、こっそりその姿を写メに収めた。

「あ、そっち、あと5段積んでみてください」
「わかりました。店長、こんな感じですか?」
五反田での印象通り50代の後半だろう。年下の若いアルバイト店員に対しても終始敬語で接している。近くで見た印象は、背は高いが特別イケメンというわけでもない普通のおじさん。ただ物腰が柔らかく人当たりは良さそう。と、その時、
ガシャーン!
アルバイト君が1ダース入りのドリンクの束を落としてしまった。びんのガラスが割れ、中のドリンク剤があたりに飛び散った。ちょうど近くに立っていた真一のもとに林が飛んできて言った。

「お怪我はありませんか?服は汚れませんでしたか?」
対面で見た林は、髪には幾分白髪が混ざり、感じのいい優しい目をした初老の男であった。
「いえ、大丈夫」
「よかったです。大変申し訳ございませんでした」

そこへ申し訳なさそうな顔をしたアルバイト君がやってくる。
「すみません、手が滑って…」
「君も怪我は無いね?バックヤードからすぐモップと雑巾を持ってきてください」
「は、はい!」
「お客様、大変失礼いたしました!」

林は大きな声で店内の客に向かって騒動をおわびし、一礼した後、アルバイト君が持ってきた雑巾で床を拭き始めた。

「君はそのモップで台の下を拭いてください。割れたガラスに気をつけて」
「はい」
「ごめんね、今野君。4段にしとけばよかったね」

テキパキと掃除を終えた林は店内の客に『お客様、大変おさわがせして申し訳ありませんでした』と再び声をかけ、やがて栄養ドリンクの特売コーナーは完成した。
その様子をずっと眺めていた真一に気づいた林が、真一の元にやって来て言った。

「お客様、栄養ドリンクをお探しですか?」
林の思わぬ行動に真一は焦った。
「いや、あの、最近、目が疲れやすくて…」
「ああ、そうですか。目薬売り場はこちらです」
林の案内で目薬コーナーにやってきた真一に林は言った。
「この商品はお値段も手頃で、最近よく売れていますよ」
手渡された目薬のパッケージには《40代の疲れ目に!》と書かれていた。

店を出た真一の上着ポケットには同じ目薬がふたつ入っていた。
『なんなんだよ、あいつ…』
真一は、店で見た林の的確で素早いトラブル処理と、自分と同じ管理職としての部下への対応に共感を禁じ得なかった。人の女房に手を出した、この激しい怒りをぶつけるべき対象者は、とことん嫌なクズのような男であってほしかったのに、真一の胸の中に小さな敗北感のようなものが芽生えていた。

会社に戻り、残務を終えて家路についた真一は、たかぶった気持ちを鎮めながら、今後の自分や家族について考えてみた。
真一が「離婚」の可能性に考えが及んだのはその時が初めてだった。