埼玉県の離婚弁護士 レンジャー五領田法律事務所

スーパー☆(スター)弁護士⑥

スーパー☆弁護士

 僕は司法試験に合格し、弁護士になった。ただ、僕が司法試験に合格した頃、ロースクール生が闊歩する時代に突入しており、僕ら旧い司法試験を受けていた組は彼らに劣後した。ロースクール生は僕らに容赦なくロ印を押し、当然というべく就職先もなかった。僕は仕方なく東京の雑居ビルに電話線を引き事務所として登録した後、法テラスからの国選通知の電話を待った。時折、同期から国選を廻して貰った。有名な渉外事務所に入った同期はいつも忙しそうだったが、僕は彼らが一体何の仕事をしているのか分からなかった。彼らは律儀に国選を廻してくれたが、彼らがランチと高級ワインでみるみる内に二重顎になっていくのに比例しまるでルンペンに残飯を分け与えるみたいな態度になって行った。せっかくあり着いた国選自体、裁判をどんなに頑張っても一件10万にも満たない。そんな矢先だった。

「貴方、あたし妊娠したみたい。双子だって言うの。」
「良かったなぁ。双子か。賑やかになるなぁ。」

 僕は生まれて来る二つの命のために、国選の配点が豊かな埼玉に登録替えをした。東京に未練はなかった。東京はどういう訳か長崎以上にいつも雨が降っていた。所謂珈琲ゼリーのような憂鬱、何でもあるように見えて何もない。いずれにせよ東京に僕の居場所はなかった。東京は僕にそのスカートの中身を見せてくれなかった。「東京、僕はお前とやれなかった。」言い得て妙だが、当たらずも遠からじだろう。それに引き替え、埼玉は素晴らしかった。何てったって裁判所も東京よりたくさんあった。浦和、越谷、川越、熊谷、そして秩父!国産のハイブリッド車を買ってガソリンはいくら走ってもなかなか減らなかった。僕はその車で教習所以来の運転にドキドキしながら色々なところに接見に行った。「やぁ、元気そうだね。顔を見れてホント良かった。」とものの数秒も経たずに接見を切り上げて稼いだ2万円をポケットに忍ばせ、その足で妻と長男を遊園地に連れて行った。みんなでジェットコースターに乗った後、埼玉の牧場で取れた牛乳から作ったソフトクリームを食べた。幸福だった。

「あのね、あたし丸高じゃん。それでね、羊水検査したんだ。そしたらね、ダウン症の可能性があるんだって。半分くらいって言ってたけど、多分それ以上…。」と妻は項垂れながらそう言った。だが、その目は僕の心の中を確実に覗いていた。
「あぁそうか。分かったよ。」とだけ言った。それ以上は何も答えられなかった。何を言っても失言となるからだ。それから1ヶ月経ったある日、妻は駅のエスカレーターの上から下まで一気に転び落ち、漫画みたくに腰を打ちつけて双子は流産した。もう4ヶ月で2匹のウーパールーパーのようだったと妻は病室で泣きながら言った。それは僕が心の底で微かに強く願っていたことだった。
 その日以来、僕は赤と青の帽子を被った双子の障害者の幽霊を見るようになった。僕は幽霊を追い祓うように夜な夜な酒を飲んだが、昼間の動悸に耐えられなくなり精神科に行って抗精神薬を処方して貰った。幸福な生活をおよそ植物的な機能しか持たない二体のスライムにぶち壊されてしまう恐怖に慄き、それでも「堕ろしてくれ。」ということも出来なかった1ヶ月間の呪いに収監されたのだ。それは永遠を思わせる苦しみだった。
 そんなある日、前任者が不慮の事故で亡くなったから判決だけ出廷して下さいとの連絡が法テラスから入り、その翌日国選通知を見るとテレビで連日放映された強姦事件だった。僕はその裁判の判決の前、法廷のトイレでビビって飲めなかった統合失調症の薬とウイスキーの小瓶を眺め、どちらかを或いは両方を飲もうと心に決め、これを決め兼ねていた。だけどトイレのドアが猛然とノックされ、僕は慌ててその二つをヨレヨレの鞄にしまった。僕を探しに来た書記官に連れられて入った法廷は報道陣やくじ引きで入った傍聴人でごった返しており、かつて一度もない経験だった。弁護人席に座り、初めて被告人の顔を見た。検察官は神妙な面持ちで不安げな顔をしていた。裁判官が3人臨場して僕は立ち上がった。裁判長が重々しく口を開けた。
「それでは本件強制性交等被告事件の判決を言い渡します。主文、被告人を無罪とする。」
 法廷の騒めきの中、その瞬間、僕はスーパースター弁護士になったのだ。「僕はスーパースターだ。」と呟くことによって。