埼玉県の離婚弁護士 レンジャー五領田法律事務所

最強の神様④

最強の神様

 運ばれてきたジェラートがなかなかのクオリティだったため、二人はかきこむように流し込んだ。氷の粒が溶けるか溶けないかしないうちに、仁が突然かしこまったように彰を見た。

「親父。俺さ…」と言いかけた仁の顔が一瞬曇ったのが彰には分かった。
「どうした。何かあったか」
「俺、ずっとアメリカに行きたくて、バイト頑張って金貯めてたんだ。俺やっぱり俺西海岸の音楽が好きなんだよな。金貯めてアメリカ行って、西海岸で音楽やりたいと思っててさ」
「カリフォルニアか…」彰がつぶやいた。
「NOFXのLONGEST LINEって歌の“俺はいつも一番長い列の一番後ろにいる”って歌詞とか俺の気持ちそのものなんだよ。俺はいつか西海岸で音楽にどっぷり漬かりたい」
「音楽で食っていくつもりか」
「俺、親父にギター教えてもらってから、ギターが友達みたいになってたじゃん。西海岸の音楽聞いてるうちに、俺は一番最後でいいやって思ったんだよね。周りの奴はみんな幸せそうだけど、俺は最後に幸せになるからいいって。俺の居場所がきっとあると思う。だから俺はアメリカに行きたいって話をばあちゃんにしたんだ」
「そしたらさ、ばあちゃんハーフじゃん、人生の最期はアメリカで迎えたいとかで、ロスの家に帰ろうと思ってるっていうんだよ。仁もついて来るかと」

「それでどうしたんだ」
「突然すぎてさ、答えられなかった。親父どう思う」

彰は少し間を置いてから言った。
「お前には神様が付いてるよ。普通はそんなチャンス巡ってこない。行きたいと思ってるところに住めるなんてさ」
そう言いながらも彰は仁ともう会うことができなくなるような気がした。いや、もうこの少年はこんなに居心地の悪い国に戻ってくることはない。彰はそう直感的に理解した。

「俺がアメリカに行っちゃっても、親父は寂しくない?」
「そりゃ寂しいさ。でも」
「でも?」
「お前は昔から輝いてるよ。何をしてる時も。仁は俺の誇りだよ。こんなカッコいい息子を持てたことを俺は神様に感謝してる。頑張ってこいよ」
なぜだか上を向いた仁と同じように、彰も涙がこぼれないように上を向かざるをえなかった。

仁の目から一雫の涙がこぼれた。
「ありがとう。俺頑張るよ」仁は言った。

アメリカでは子供の2人に1人は親の離婚を経験しているという。仁はきっと日本にいるよりずっと自由に羽を伸ばして、大きくはばたいていくだろう。それが彰には少し寂しくもあり頼もしくも感じた。

その後どんな会話をしたか彰は憶えていない。

ただ、この少年には素晴らしい未来しかないことを確信した。この少年には間違いなく神様がついている。少年の純粋な心にしか宿らない最強の神様が。

パスタ屋を出た二人の後ろから、心地よい冷たさの混じる風が勢いよく吹き抜けていった。