先生、お久しぶりです。いつもおれの相談を聞いてくれてとても申し訳なく、思ってます。夜中の3時にダメもとで電話したら、先生が電話に出て「どんな相談ですか?」って訊かれたから「妻が不倫してるみたいなんです…。」って答えたら、夜中にも関わらず話を聞いてくれてからの付き合いですね。先生はおれに、その間男と奥さんはどんな性交をしたと思いますかって聞いた。あの質問って要るのかしら。あと、マイマイカブリの話。蝸牛の体液を啜る首の長い奇妙な昆虫の話です。マイマイカブリが蝸牛を好物にする虫と聞いても何とも思わないが、マイマイカブリが蝸牛を見つけて静かに音も立てず殻の中に頭を突っ込んで体液を静かに吸い上げる様を逐一想像すると怖い。妻の寝盗られもそれと同じです。それと同じって。この譬え話を真夜中にされる人の気持ち分かるでしょうか?おれあの後、妻と見ず知らずの男が性交する様を先生が仰る通り逐一想像して、自涜しました。想像自涜なんて本当に久しぶりだった。妻がどうやって服を脱がされたのか、間男は妻の下着はどうやって脱がしたのか、フィストファックはしたのか、それはハードだったか、それともソフトだったか、滑らかな体勢移動からクンニリングスに移行してそれらを行ったり来たりする内に妻はアクメに達する。恥ずかしい告白ですが、その時点でおれは射精したんです。幼いとき、近所の川で夕暮れに小魚を釣った時のような微かなビクビクビクビクッ、橙色と黄色の真ん中に黒い線が入った浮が川面に沈んで、一瞬見えなくなった。懸命な小魚の小刻みな抗いの感触、そんな射精。そもそも妻と間男の想像自涜の前戯で射精することなんて有り得るのだろう?先生は勿論ありますって言ってたけどその根拠って何なの?でしょう。でも不思議ですね。オードリーヘップバーンで自涜しろって言われたら皮が擦り剥けて、自分の奥さんだったら挿入まで持たない。そう言えばとうとう妻が子供連れて家を出て行きました。涙、涙です。だから次に会うときおれは元気がないかも知れない。先生言いますよね。吉田拓郎の歌で久しぶりに会う人には元気ですって答えなきゃならないみたいな歌があってその歌の題名がどうしても思い出せないって。昨夜眠れなかったんで明け方ふとSiriに向かって「吉田拓郎、元気」って呟いた。その歌の題名2秒後に出て来ました。その歌「元気です」で丸は付きません。先生なんで今までヘイSiriしなかったんですか!でもおれって先生に会う時にまで元気に振る舞わなければならないのかな。言いましたっけ?とうとう前から言ってたあの手術しようとして生まれ故郷の名前が付いた美容クリニックに診察に行った話。HPには11万円って書いてあったんですけど、その値段で手術したペニスの失敗写真を何枚も見せられるんです。それはとてもじゃないけど思い出すことの出来ない悍ましい写真でした。前腕の腕の毛の濃い先生が「どっちがいいですか?」って尋ねるんです。おれは11万円じゃない方が良いですって答えました。そしたら、見積もりは総額188万円でした。おれが「11万円じゃないんですか?」と聞いたら、その医者「貴方の陰茎はカリがない。女性のヴァギナはカリの戻しに快感を得るんです。魚を釣る針と同じです。針には必ず返しが付いてますよね。返しがなければ、魚は逃げてしまう訳ですから。ところが貴方の陰茎はカリが殆どない。言わば、返しのない釣り針なんです。当然、釣れませんよね。だから、まずカリを作るために陰茎をヒアルロン酸で増大しましょう。」と。確かに私の陰茎は私の父や母方の祖父なんかと比べて先細りでした。色も薄く30%割引のこし餡のよう。断って帰ろうとしたら帰り際に薮睨みの女に診察料2万円も請求された。途端に先生に相談料払おうと思ってポッケに入れてた皺くちゃになった1万円を思い出す。先生は消費税の計算が面倒になるからと「お子さんにおもちゃでも買って下さい。」って言って下さいました。おれ泣きました。どっちで泣いたのか分からないです。そう言えば先月、実家に一通の訃報が届きました。中学校の同級生で菅間さんという人です。死因は心停止だそう。えっ当たり前?気になっていたプロレスの試合で「決め技なんだった?」に「体固め。」って答えられるのと同じ。3カウント前の必殺技を知りたいのに…多分自殺なんだ。その子のことで覚えていることがあります。中学一年生のことです。誰だってあるでしょうが、クラスの女子、出席番号順にオナニーしてた頃がありました。何の障壁も感じずに「す」まで行きました。砲丸投げの加藤さんや重度のアトピーの小山さんという難所を危なげなく乗り越え、俺は菅野さんまで辿り着いた。ゴールデンウィーク明けに陸上部の鰐崎さんでフィニッシュする。何せおれは帰宅部の13歳で、柔らかな東風が吹くだけでコチコチになってしまう自家発電の原発のようだ。これって暗喩直喩のどっち?兎に角おれは直喩の自家原発だった。そんな折、何でもない数学の授業で俺はトンデモナイ光景を見たんです。物憂げな一次方程式を解きながらおれは教室の左の最後尾から来るべきその放課後に思いを馳せながら菅野さんの背面を猛禽類のそれのような眼差しで眺めていました。亡くなった菅間さんは私の前に座っていた。斜め右の席は水泳部の中村で、朝練の余波でゆったりゆったりと船を漕いでいた。俺の真右にはその年の暮れに特別学級に移った西村が座っている。そしたら、菅間さんは股間をコクヨの机の引き出しの角にギュッと押さえ付け始めた。ギュッギュッと抑え始め、俺はそれを見ていたが、誰もそれに気づくものはいない。ギュッギュッは次第にリズムを帯び始め、菅間さんは頬を赤めながら、身体を夕暮れの返しのある針に引っ掛かった小魚のように小刻みに振るわせグッタリと動かなくなった。その放課後、菅間さんに体育館倉庫に呼び出された。彼女は黴臭い体育館倉庫でおれに「見たでしょ?」と私に言いました。「あっ、いえ」「うん。」と答えると、彼女はふと諦めたような表情を浮かべ、器械体操のマットの上に寝かせたおれの顔に跨り、ブルマースを脱いでオナニーを始めた。おれはセンズリを始めた。菅野さんのイメージと眼前の光景を戦わせみました。劫火の前の蝿のような奮闘でした。そして虚しくブタの鼻のようなクイムを眼前にしながらおれは自分の頭上を飛び越すほどの射精をしました。そうやっておれの出席番号順にオナニーするいう試みは突如として終わることになります。今思えばあれは青春期における最大にして崇高な挑戦でした。あんなことはもう出来ないやしないしそんな気概すらもうない。まるで根っからの実存主義者がサラリーマンになり、自分はもう実存していないのではないかと自身に問い掛けるようだ。いやいやそれを超え、もはやおれにはおれの精嚢に生きているおれの精子がいるかどうかすら分からない。おれの精嚢は清流で採れた鮭の白子のように澄み切っているみたいだ。おれには妻が間男と性交するのを想像して射精することが関の山です。ところで、先日の裁判は残念な結果になりましたね。先生が全部不同意で臨んだ強制性交の否認事件、女装して全部傍聴してました。判決、少女の供述調書じゃないかって思うほど、そのまんまでしたね。少女の供述は全面的に信用出来る。なぜなら18歳間際にも関わらず処女でレズだったという自分に不利な事実も誠実に供述しているからである。レズだの処女だのって全部嘘。あんなの。どうしてあの女証言台に立たなくてよくなったんですか?先生が突然スクリーンに向かって「付添人の婦人警官が泣いてる!」って異議出して条文上の根拠がないと裁判長に却下された。あの真ん中に座っている裁判長どことなくおれのペニスの皮を摘んで伸ばしたり縮ませたりしたクリニックの医師に似てた。ビデオリンクを通し個室から氏名秘匿のA子ちゃんが「止めて止めてと言いました…でも、レイプされました。」と言った瞬間あの被告人は有罪が確定したんですね。個室ビデオで殺された数億個のお玉杓子の呪いか何かのよう。それにしてもレイプって言葉が持つ力は凄まじい。まるで美味しいみたい。とはいえ先生の最終弁論の演説には感動しました。フィニッシュは自分の腹の上にしたと言ったA子に対し、被告人は青年期における自慰のし過ぎで挿入しながらの射精が出来なかったから自分でシゴいて自分の腹の上に出した。射精情景の鮮やかなコントラストが素晴らしく綺麗。確かにA子は出された精子をどうやって拭いたかの供述をしていなかった。でも先生、性懲りも無くやりましたねマイマイカブリの寓話。だけどあの被告人は避妊しなかったのが運の尽き。ところで避妊するレイプ魔って実在しないと思いますか?実在するとすれば随分礼儀正しくて清潔好きなレイプ魔でもはやレイプ魔でもない気もする。レイプ紳士といっていい。ただ裁判官の合意があった性交だったらコンドームを要求するはずだという認定は完成した永遠なる童貞を彷彿させました。あの発想はある種、勉学でしか辿り着けない境地なのだろう。一方で被告人はA子のアソコを舐めて驚くほど匂いがしなかったと供述していた。アレには萌えました。殆どのアソコは少なからずドブみたいな臭いがする。そう言えばおれが童貞のころバイトしてた寿司屋で店長に「おまんこってどんな匂いがすると思う?」って訊かれて前日に観た「溢れ出る水蜜桃」っていうアダルトビデオの題名思い出して「甘い桃汁か檸檬みたいな匂いですか?」って答えたら板前さんは勿論お客さん全員が大爆笑した。「コレだよ、コレ」と耳元で叫ばれながら赤貝を鼻に押し付けられて窒息死しそうになった。その何年か後で弟が同じ寿司屋でバイト始めた時「あいつは面白かったなぁ。お前つまんねぇけど。」と言われて1週間で辞めたそうです。ふと思ったけどマスク美人って哀しい。マスク不美人というのが居たらいい。マスクをしていたらブスで、マスクを外したら絶世の美人みたいのが居たら世の中は間違いなく素晴らしいよ。だけど現実はそうじゃないじゃん。マスクをしたブスはマスクを外したらもっとブスだ。そんな現実を思うと世の中が途端につまらなくなる。もう一つ告白すると、腐女子という言葉が好きではない。それに引き換え腐男子の響きは良いよね。おれは腐男子だと嘘でもいいから公言してみたい。腐男子の日記を読んでみたい。ゴリラみたいな女がサイケな女にペニスバンドで凌辱される様を思い浮かべながら自涜する。その男が持つ世界観を日記という形式で読みたい。その日記は「4月の風は光り5月の風は薫る。その風の切り替わりの間、私は坂道を転がり落ちる卍のように交わる彼女らの艶かしい姿態を思い浮かべながらひねもす、自涜をしていた。」みたいな感じで始まるといい。なんて奥ゆかしいんだろ。ふと初恋のことを思い出した。それはそれは壮絶な恋。毎朝、早起きをして誰よりも早く小学校に登校しその子の笛を舐めたり、お尻の穴に擦ったりした。飽き足りなくなって前日に釣って来た繁殖期のオイカワをキビナゴみたく爆竹で繋いでその子の防災頭巾の上でマッチを擦った。バンババン、バババババンッという乾いた音がした。急いで家に帰って、母親の電気あんまを延長コードで繋いでベランダで松の木を見ながら碧い水の射精をする。パンツを着替えると母親に怪しまれるから、そのままにした。どうせ水のような精子、乾燥すれば元通りになる。登校すると初恋の子はうぇんうぇんと泣いていた。きみの悪い泣き顔だった。それを見て爆竹がもったないと感じた。近所の駄菓子屋で200円もしたのに。平泳ぎの顔はまだ耐えられたけどあんなきみの悪い顔にはもう耐えられない。おれの初恋はそうやって終わりました。またお便りすると思います。
2005年2月17日の武藤
私はその時、遅れて来た青年の末期に差し掛かっていた。今から振り返ると、29歳という年齢は頗る若い。天文学的というまでは少々老いてはいるが、十分、若者の部類に入る。とは言え、今の私はもう語るまでもなく29歳ではないから、29歳がヤングかオールドかをここで語るのは遠い親戚が醤油顔かソース顔かを語るより遥かに不毛な論議だ。その日は確か水曜日か木曜日だった。2005年の2月17日の夜、私は部隊に外出届を出して代々木第二体育館に向かっていた。駅に着くと真冬の木枯らしが誰かが捨てていった夕刊をほぐし、落ち葉が統制の取れた船虫のように風の吹く方向に移動していて人影は疎らだった。会場に着くと、既に第4試合が終わっていた。「道理で。」と明日で30歳になってしまう私は言った。その大会の主催は新日ではなく、全日だった。後にも先にも全日の試合を観に行ったのはその時だけだ。会場に入ると、私が異邦人であることがすぐに理解出来た。全日に引き抜かれた小島が豪腕ラリアットに入る前のサポーターを外す仕草に観客席から叫ばれるお決まりの「行っちゃうぞバカ野郎」の一斉は新日のタイミングと全く違うものだった。私は達観して2階席の背凭れのない椅子に座って項垂れながら少々不貞腐れた。そして新日ファンとしての細やかなプライドと共にメイン以外は下らないと思うようにした。私はノアの抜けた全日を確認しに来たのでも、武藤が社長を務める全日を見に来たのでもなく、メインの「武藤対棚橋」を観にそこに来ていた。私は全日のイベントで武藤に新日の若きカリスマ棚橋が挑戦するという情報を聞きつけその席に座っていた。私の中には様々な武藤敬司がいる。グレートムタはもちろん、スペースローンウルフ武藤、初のG1の決勝で蝶野にパワーボムで負けた武藤、スコットノートンとの死闘の末に膝を手術した武藤、高田と世紀の一戦を繰り広げた武藤、そしてNWO武藤。彼らは全て一人の武藤であり、流行歌を聞いてそれを口ずさむように、それぞれの武藤を通して私は当時の自分を振り返る。しかし、武藤が新日本を離脱した後、私は不思議と武藤の影は愚かその足跡すら追わなかった。自衛隊に入隊し、レンジャーという新たなる称号を得て自分自身の人生をしっかりとした足踏みで歩んでいた。そう言えば聞こえはいいかも知れない。少なくとも確信を持って言えることがあるとすれば、新日離脱後の武藤を通して私は当時の自分を振り返ることは出来ないということだ。そうした2005年2月17日の夜に私は再び武藤敬司と遭遇することになる。というよりも、明日で30歳になるという神聖なイブに私は武藤の幻影との再会を選んだのだった。対戦相手の棚橋はIWGPのタイトルを奪取する前で気楽に他団体の選手に挑戦出来る自由とマケドニアで発掘されたギリシャ彫刻のような肉体を誇示し、何より解禁されたての鮎のような若さがあった。年こそ違わなかったが、純粋な加齢の恐怖に怯えている老いた自衛隊員とは雲泥の違いがあった。試合は武藤が何度もスリングブレイドを決められ、格下の棚橋の技を受けるという展開が続いた。とは言え、新日本離脱後にシャイニングウィザードを開発し、数多のフィニッシュホールドを有する武藤が勝つことは目に見えている。ブックを破るようなシナリオもある訳ではない。私は久しぶりの武藤の幻影に陶酔し、アンケートのチェック欄が一つ上になってしまう不安を緩和したことに心の底から満足していた。武藤が棚橋のハイフライフロウを受け、カウントが始まったその時だった。
「武藤、返してくれぇ」
それは啜り泣くような声だった。
「武藤、お願いだ。」「頼むから返してくれ、武藤。」
私はハッとして声の出どころを探した。アリーナ席と異なり、2階席の観客は疎らだった。私はすぐに声の出どころを見つけた。それは50手前のグレーのスラックスにYシャツを押し並べてインするようなタイプの禿頭の男だった。男は顔を覆い、その指の隙間からスポットライトに照らされた武藤と棚橋の闘いを見つめていた。驚いたことにその男は涙を流しながら、総合格闘技全盛のその時代において、勝敗が既に決まっているプロレスの試合を覆った指の隙間から恐る恐る観ている。プロレスを観戦する時点で当直の上官にバカだと言われたプロレス会場の薄暗い2階席で私は自嘲を込め「バカだな。」と口にした。若い棚橋の猛攻を凌いだ武藤は棚橋をシュミット式バックブリーカーに捉えた。そして、人差し指を小刻みに動かながらコーナーを駆け上がり、ランディングボディプレスに移行する。武藤の所有する勝利の方程式の一つだ。しかし、それは寸前で棚橋に交わされ、自爆した武藤は膝を強かにマットに打ち付け苦悶した。在り来たりのワンシーンだ。しかしながら、男は屠殺される寸前の牛のような叫び声をあげた。そして立て続けに啜り泣くような声を出す。
「武藤、勝ってくれ。」
「後生だから、武藤。」
私はメインイベントよりも男の方が気になり始めた。そして、技の攻防の後に観客が騒めくとリングと側頭部まで禿げ上がった男の後ろ姿とを行ったり来たりと視線を交互させた。勢い付いた武藤は棚橋の膝に低空のドロップキックを見舞う。もんどり打った棚橋が立ち上がり様にゆっくりと片膝を付く。シャイニングウィザードの体勢だ。これが決まれば勝負は終わりだ。「ほら、終わりだ。武藤が勝つぞ。良かったな。」そう思いながら男の方を見ると、男は完全に首を垂れて項を抱え込んでしまい身体全体を武藤の立てた人差し指のように震わせていた。そして、相変わらず武藤、武藤と掠れた鳴き声をあげていた。「何やってんだ。次がフィニッシュだ。ちゃんとみろよ。目を開けろ!」私は試合ではなく男に声無き声を挙げていた。放たれたシャイニングウィザードは棚橋の頬に炸裂した。ところが、必殺技を喰らってグロッキーになった棚橋に武藤はカバーに入らず天井を見上げている。そして、途端に何かを思い付いたような表情を浮かべた武藤は脱兎のようにコーナーに駆け上がり、半身になって横たわる棚橋にランディングボディプレスを敢行した。3カウントが入った。会場に熱狂はなく、どちらかといえば手垢に塗れたお伽噺を改めて最初から辛抱強く読み聞かせられ、ラストのめでたしめでたしに辿り着いたことに対する歓喜を上げていたように感じた。他方で、男はさっきまでの震えが嘘だったかのように勝ち名乗りを受ける武藤に戦場から帰還した兵士に送るような喝采を送っていた。そして、何度も「武藤、ありがとう。」「武藤、ありがとう!」と叫んだ。私は2階席に私と男以外は誰もいなくなるまで男を見続けた。
翌日、私は30になった。そしてその年の夏に自衛隊を辞めた。自衛隊員という地位がなくなり甲羅を剥がされた蟹のようになった後、大して胸を張れるものではないものの幾多の難局が30を過ぎて無職になった私を迎えた。その際、私の胸に去来するのはどこかの偉人が言い残した大言壮語でも、レンジャーバッチを獲得した過去の栄光でもない。不思議なことに30になる直前に聞いた「武藤、勝ってくれ。」「返してくれ、武藤」であったり「武藤、武藤」「武藤!」であった。過酷な現実に押し潰されそうになった私の元に、あの青春の帳が下ろされる直前に聞いた禿げ上がった男の叫び声がどこからともなく届く。若き棚橋が猛攻を仕掛けて来る。3カウント直前で独特の返し方で肩を上げるのは武藤ではなく私だ。苦境に立たされている私にあの男はエールを送っているだろうか?そうやって2005年2月17日の武藤と私自身とを重ね合わせることにより私は蘇る。そして、その都度、私は私の息を吹き返して来たのだ。
世紀の一戦〜10.9東京ドーム高田武藤戦
世紀の一戦なのにも関わらずプロレスの試合を選んだ私にチルディッシュな部分を見い出したと言われそうだが、その誹りは甘受する。私は寸分も違わずこの試合を選んだ。1995年10月9日東京ドーム戦はプロレスファンには10.9と略され、語り尽くされることなく数多の感動と興奮が脈々と語り継がれているのは多言を要しないだろう。当時、私は二十歳だった。そして、自ら吸い込む空気の確かさを信じようとするが余りに迷い込んだ青春の袋小路を身の丈に合わない哲学の勉強により余計に息苦しくさせていた。誰かとプロレスの話をすることはなくSNSもなかった時代である。私がプロレスを見始めた頃もうすでに高田はUWFに移籍しておりTVプロレスの舞台にはいなかった。学校でUWFの話をする奴は居なくは無かったもののUWFの試合を観るためには月に一本配信されるVHFのビデオテープを買わなければならない。そこまでのコアなファンは私の周りにはいなかった。UWFの戦士たちは外界との通路がもっぱらブラウン管に限られていた私たちにとって、かつて戦場で活躍した若きチェゲバラのように、既に歴史上のファイターとして封印されていた。だから私が高田という時、チェゲバラを「チェ」と呼ぶのと同じような気高い余韻が私の周辺に漂う。私は高田が勝つと思っていた。10.9はそれまで何の記念日でもない。メインの高田武藤戦のためだけにに東京ドームが押さえられた日であった。テレビの生中継はなく、リアルタイムで観たければ人知れず来日したガンズアンドローゼズのコンサートのように直接会場に行かなくてはならなかった。私は土曜深夜のテレビ中継を静かに待っていた。私は2回時の進級単位がギリギリだったのもあり、必修以外は哲学の講義に全ての単位を振り替え毎晩閉館まで大学の図書館にいた。帰りの電車は座席から出る暖気にも耐えられないほど目が乾いていたが、私は自分を戒めるように全く理解出来ない哲学書を読んでいた。酔ったサラリーマンが私も君のような青年だったと言いながら、私に革製のブックカヴァを読み掛けの文庫から剥がして差し出した。私はそれを受け取ったが、思い出したようにターミナル駅のゴミ箱に捨てる。そして「そういえば昨日が10月9日だったな。」と思った矢先、駅の売店で片脚を上げながら豆鉄砲を喰らった鳩のような表情を浮かべる高田を見たのである。他方で、私は武藤が好きだった。あの頃の写真を見ると、よく武藤のマネをしていた。写真以外でも武藤のマネをした。武藤のフラッシュローリングエルボーを何度もスローで見て、布団や時には弟を敷いてやってみせた。たが、それは舌足らずの童謡のようにいつも私に儚さを感じさせた。その都度、私は武藤は天才だと感じた。だが同時に、二十歳の私は武藤がメインに選ばれたのは闘魂三銃士の中で一番弱かったからだと思っていた。武藤は天才だが、武藤が強いなんて思わなかった。誰もそう思っていなかったと思う。まだ髪があり、憂いを含んだ表情をしながら小気味いい動きをする武藤は底知れない魅力があったが、強いと思ったことは一度もない。そこが武藤の天才たる所以であろう。そして、とうとう土曜深夜がやって来た。試合は高田の蹴りをキャッチしてドラゴンスクリューに持って行った武藤が足四の字固めで高田からギブアップ勝ちを奪うという衝撃的な結末に終わった。日本国民全員が信じていた「最強高田」はその瞬間、高田自らの故郷であるプロレスリングにより葬り去られた。負けた方が必ず衰退する団体の興廃を賭けた試合は第1戦に全てが集約されていた。第2戦で高田が星を取り返したが、全ては第1戦で完了していた。今でこそドラゴンスクリューからの足四の字は市民権を得ているが、その頃は使い手がデストロイヤーか藤波辰巳であり、分かりやすく言えばアームホイップからのキーロックでギブアップしたというような極めて屈辱的な敗戦だった。私はこの世紀の一戦を振り返るにつけ、もう一部始終を思い出すことは出来そうにない。私がありありと記憶しているのは、ターミナル駅の売店で見た片脚を上げて鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべた伝説の戦士とそれを見ている私である。既に終わってしまった世紀の一戦を心待ちにしていた二十歳の私を懐かしく思う。そして少しばかり切なくなる。
女を寝取られた男たち〜映画「アナザーラウンド」
マッツの愛称で知られる北欧デンマークの至宝マッツ・ミケルセンが主演を努めるこの映画、題名のアナザーラウンドとは酒場の隠語で「お代わり」という意味だ。デンマークでは最近まで16歳から飲酒が解禁されていた。映画の冒頭ではハイスクールの行事で酒を飲みながら湖を一周するゲームが催されている。飲酒を始めるのが早ければ早いほどアルコール依存症になる確率が高くなると言われる。「デンマークはアル中しかいないわ。」としがない高校教師を演じるマッツの妻は叫んだ。素面であることに興味があるというシニックな名称で一大勢力となったソーバーキュリアスはコロナ禍の日本でも猛威を振るいコンビニエンスストアからレモンとグレープフルーツ以外の味のストロングゼロを駆逐して凱歌を叫んでいるように見える。しかしアルコールを辞めてみれば分かることだが、人生はそれほどシンプルではない。アルコールを辞めるのは自嘲を込めて白米を食べるのを辞めたボディビルダーのような側面がある。アルコールのない太陽の世界、小中学生だったの時の人生が遡って正真正銘に素晴らしいものであっただろうか?そんな訳がない。それぞれの世界にいみじくも地獄は存在するのだ。
50歳を過ぎた高校教師である彼らはある実験を行う。それは血中アルコール濃度を0.05%程度に保った方が人間は調子がいいという医学的根拠を元にアルコールを入れながらそれぞれの授業をしてみるというもの。おそらくその医学的根拠はデマカセである。ただ、近年の健康ブームで「お尻を洗うのは辞めなさい」などの類の本が実しやかに出版されていることからすれば、医学的根拠はないとは言い切れない。これは医学的な話ではないが、ギリシャの哲学者は酒に対するある種の信仰としての【ディオニソス信仰】を持ち、プラトンの書物にも酒に対するメリットを延々と縷々述べている本がある。その本の題名は確か「饗宴」だ。哲学界のロックスター2世のマルクス・ガブリエルがコロナ禍で専門家を為政者にしてはならないの件で面白いことを言っていた。「肝臓の専門医を厚労省の大臣にしてはならない。多分その大臣はビールは肝臓に悪いから禁止しようと言い出す。でもそんなことをしたらビール文化がなくなってしまう。」ドイツの若者達はビールとソーセージで友情を確かめ合い、肩を組んで森を暫く歩き、ビールを飲み直してサヨナラをする。ビールはプリン体が多く、ソーセージを含めた加工肉は発癌性物質が含まれているから俺はやらないと誰かが言い始めたら、次からそいつには電話が掛かって来なくなるに違いがない。
アルコールを入れる前のマッツは冴えない授業をして、生徒のみならず生徒の親から抗議を受ける。アルコールを入れたマッツは教科書を閉じて生徒たちにこう問いかける。「1940年代の有権者になったことを想定して、誰に投票するか教えてくれ。一人目はマティーニが好きで浮気もしている。二人目は朝からシャンパン、ウォッカを鯨飲していつも葉巻を吸っている。3人目は酒もタバコもやらない。家族と動物を愛する、女性関係もクリーンで非常に礼儀正しい男である。さぁこの3人のうち誰を国のリーダーとして選ぶ?」生徒達は当たり前のように一人目と二人目を回避して三人目を選ぶ。私も三人目を選んだ。しかし、社会科の教師マッツの種明かしはこうだ。「一人目は戦勝国アメリカの大統領フランクリンルーズベルト、二人目はダンケルクを指揮した英雄チャーチル首相。三人目はアドルフヒトラー。」生徒達の騒めきとともにチャイムが鳴り、授業が終わる。マッツが言いたいのは、アルコールを入れているかどうかでその人間を判断するなということだった。
しがない高校教師達の冒険は予定調和的にカタストロフに向かう。彼らは調子がいいとされる血中アルコール濃度をどんどん高めて行った。ある者はベッドで飲んだ酒を全て失禁によりベッドに垂れ流し妻に発狂され、ある者は自害に至ることになる。マッツも路上で酔い潰れ、明朝息子に家に連れ戻された。妻はマッツに飲酒のことを詰問する。問題のシーンである。この映画に寝盗られの衝撃的なシーンは存在しない。ただ、アルコールが入った状態での危険な会話から長年擦れ違っていた妻が不貞をニュアンスとして告白し、マッツは突如として心の平衡を失った。アルコールが入ったコップを叩きつけ、妻と二人の子供に「勝手にしろ」と怒鳴って家を出ていく。夫も妻も潜在的には男と女なのであり、その歴然とした事実が突如として頭を擡げる瞬間は性という巨大なエネルギーを孕むだけに危険である。精通後から長年積み上げて来た男のナイーブな尊厳が吹き飛んでしまう出来事、その現象が寝盗られだ。男たちがそれぞれの妻の股間に飼っている一匹の蟾蜍は自分自身の人生を崩壊しかねない奇妙な動物である。今はまだ、この言葉の意味は理解されないかもしれない。このシリーズは寝盗られた男たちを映画を通し様々な方向から探って行こうとする野心を抱くものである。シリーズが終わる頃には先の言葉はきっとそれぞれの腑に落ちているはずだ。
家に戻るとマッツの妻は子供を連れて出て行っていた。子供の誕生会を口実にカフェで妻とコンタクトを取ることに成功したマッツ。その席でやり直したいと哀願するマッツの表情は北欧の至宝という異名を恣にする輝きを放つ反面、我々男たちの目を覆うものがある。相対する妻の表情は石のように固く神経質で、紡がれる言葉も「もう遅い」とその類のものだ。並行して校内でアルコールの瓶が見つかり問題となる。全教諭が集まった校内会議に妻に出て行かれたマッツを慰めていた体育教師が酩酊した状態で入って来てカタストロフは終焉に向かう。
卒業試験のシーン。顔面蒼白になった生徒に独身の教師は水を飲んで少し落ち着けと言ってアルコールの入った液体を飲ませる。朗らかになった生徒は同じくデンマークのキュルケゴールの絶望の概念を朴訥と語り出す。その生徒は辛うじて卒業試験にパスした。卒業式は体育教師の葬式と重なる。生徒たちはバスを借り切ってアルコールを浴びながら街を凱旋している。喪服を着た教師と酩酊する卒業生が交錯して物語はラストに向かう。冒険の生き残りの教師は生徒たちから胴上げをされ「こんなの初めてだ。」と歓喜の言葉を漏らす。そしてマッツの携帯には妻からの「私も貴方と同じ気持ちよ。」と復縁メールが入る。
この映画には伏線が貼られていて、仲間達は口を揃えてマッツに「昔みたいに踊ってくれよ。こんな感じで踊っていたじゃないか」と言う。新しいカクテルを開発してみんなで踊っていたシーンでもマッツだけは傍観していた。ラストではアルコールへの賛美と共に伏線の総回収がある。マッツ・ミケルセンは遅咲きの俳優で31歳で演劇学校に入るまで国立のバレエ劇団にいたそうだ。これほど人が延々とアルコールを摂取する姿をいつまでも眺めていたいと思うことはなかっただろう。アルコールを入れながら目まぐるしくステップを踏んで華麗に舞う北欧の至宝の疾走感が凄まじい。誰もが笑顔で、鬱屈としている者は一人もいない。何度も見たくなるラストシーンだ。そうであればハッピーエンドであるに他ならない。これはアルコールに挑戦した中年男たちの冒険譚であると同時に酒を愛した男たちの鎮魂歌でもある。
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成人した君へ〜五領院静からのメッセージ
お父さんが成人したのは君とは違って20歳だ。20歳と18歳は全然違うけど、やはりお父さんが成人した時の話を君にしようと思う。成人が人生に一度きりであることには変わりがない。
成人する少し前、お父さんは駅前の京樽でバイトしていた女の子に恋をしていて、毎晩恨めしいニキビ顔と睨めっこしていた。
お父さんは毎週金曜日に納豆巻きをその子から買い続けることで好意を持って貰おうというお茶目な戦略を立てた。でも気付くとカルフォルニアロールを買っていた。それまでカルフォルニアロールなんて食べたことなかったのに「カルフォルニアロール」って言う響きに10代末期の美意識を感じていたのかも知れない。
駅の向こうには一級河川があった。木曜日の夜はその川に掛かった大きな橋を行ったり来たりした。明日こそ告白するぞって息巻いて、包茎の皮を根元まで捩じ込んでから橋の端から端まで全速力で走って、それでも包茎の皮が戻ってなかったら「明日告白しよう」って心に決めた。
そして、とうとう告白の日はやって来た。その日は偶然、二十歳の誕生日だった。そうやって迎えた誕生日の夕方、お父さんはニキビにクレアラシルを塗りたくって京樽の女の子を「塩とたばこの博物館」に誘った。お父さんが必死に考えたジョークに対する彼女の答えはノーだった。お父さんの恋は成人した日に終焉を迎えました。
君は今日、どんな気持ちで成人を迎えただろう。誰かに恋をしていますか?もう少し君が大人になって、一緒にお酒が飲める時が来る日を心待ちにしています。つまみはそうだな、カルフォルニアロールなんてどうだろうか。
成人した君に乾杯
五領院 静
サントリー角
※ストップ未成年者飲酒!20歳未満の飲酒は法律で禁止されてます。
春到来🌸特別お悩み相談〜音柱宇髄天元
煉獄さんの死から幾星霜、私はアニメで猗窩座との死闘を見直すと彼らの間には相当な実力差があることが分かりました。剣筋は見切られており、その奥義は首元まで届いたものの、炭治郎が加勢に来たのが裏目に出たと思っていたのとは裏腹に、猗窩座は自分で自分の腕を破裂させて煉獄さんの炎の道連れを脱出していたことを確認したのです。煉獄さんの死は惨敗の上に生じた犬死とも呼ぶべきものでした。無限列車の車中で弁当を買い占め「美味い!美味い!」と叫ぶところまで巻き戻ってみると「結婚した奥さんは大変だな。」「友達もいないだろうな。」が転じて「はっきり言って死んでくれて良かった。」とまで思うようになりました。そうです、私は煉獄さんロスのトラウマから回復しつつあったのだ!それともに、私は新しいシリーズ遊郭編のキャラである音柱の宇髄天元のことを推し始めていました。宇髄さんは忍びの家に育った9人兄弟の一人で、兄弟同士の殺し合いの末の生き残りという壮絶な生い立ちですが、その美貌を隠すように奇妙な化粧を施して底抜けに明るく、これを象徴するように妻が3人もいます。遊郭編はオープニングテーマが宇髄さんの花火とともに打ち上げられる「イエ〜ィ!」のド派手顔から始まるため、私の日曜の夜は次第にメロディアスな明るさを帯びるようになりました。小学生の頃に植え付けられた、笑点から始まってサザエさん、花王名人劇場に繋がりシオノギ製薬提供の歌番組が始まると「あぁ明日学校か。」という認識を突きつけられる長い日曜の夜の灰色がかった歴史が塗り替えられようとしていたのです。遊郭編の鬼は上弦の陸の堕姫です。堕姫は多くの柱を葬って来た鬼であり強敵であることは間違いありません。しかし、水の呼吸に見切りを付けカクテル呼吸の使い手となった炭治郎と覚醒してステロイド全盛期の女子ボディビルダーのようになった禰󠄀豆子の兄弟タッグに翻弄されるなど背筋が凍りつくような強さは感じません。私は妻に「これじゃ宇髄さんの出番もないな。やったぜ。ド派手に行くぜ!」と言って見せると、妻は不気味なアルカイックスマイルを見せました。この反応に不安を感じた私はコマーシャルの間に息子の部屋に行き、「上弦の陸の鬼って大したことないな。」と言うと、平民中学に通う息子から「物事には原因と結果がある。上弦の陸と呼ばれるようになったのかにはその原因がある訳だ。」と箴言めいた言葉が返って来ました。息子の部屋から戻ると俄に堕姫が上弦の鬼にも関わらずわぁ〜んと泣き始め、その直後、何ともう一体鬼が増えました。私は「ギャッ!ギャ〜ァ!」っと叫びました。妻はその瞬間を待ち構えていたように季節限定パイナップル味のストロングゼロのプルトップを開け、ロング缶の半分ほどを呷りました。堕姫の兄は毒を仕込んだ二頭の釜の使い手で異様な風態をしています。突如現れたもう一体の上弦の陸は宇髄さんを舐めるように見ながら「いい顔をしている。」「背も6尺はあるな。」「さぞ女にモテるだろうなぁ。」と心の中で思い、こう締め括りました。「肌もいい。」と。その台詞を聞いたこれは私はモテと非モテの構造だなと悟りました。女性に好まれるかどうかは健全な子孫を残せるかどうかをメルクマークとされ肌の美しさによりその掛け合わせによって生まれた子の免疫力の高低を瞬時にかつ的確に見極められる。非モテは恨めしい眼差しでその残酷な現実を思い知らされている為、このことをモテより皮膚感覚レベルで知悉している。その知悉を凝縮した一言が堕姫の兄妓夫太郎の「肌もいい。」なのです。宇髄さんは妓夫太郎に対して「俺には妻が3人いる!」と銘打ち、その鮮やかなモテと非モテのコントラストに私は唸りを挙げました。その週は不思議なピーチパイでした。アンニュイな月曜の夜、年末に録画していたFNS歌謡祭を何の気なしに観ているとラストで桑田佳祐が出て来て東京オリンピックの歌を歌ってグランドフィナーレを飾りました。サビが「栄光に満ちた孤独なヒーロー、夢追う人たちの歌〜ぁ♬」と言う歌です。私は囚われの聴衆としていつまで桑田佳祐の歌を聴き続け、一体いつまで晩秋が来る度に深田恭子の水着姿を見続けなければならないのだろうと得体の知れない不吉な塊に怯えながら、何の気なしにその東京オリンピックの歌を桑田佳祐のモノマネで歌ってみました。すると太母と直結したかのような高揚感が私に芽生えたのです。私の桑田のモノマネは拙くぎこちないものでしたが、それ故の愉快さがありました。モノマネを続ける中でサビの意味をも探求し、あぁメダルを取る人の孤独は深淵である。夢を追う人つまりはメダルを取れないような人は彼らよりも孤独でないから幸せなんだと言う光と影の抑揚を描いているんだなとポツリ解釈すると、私の桑田のモノマネは独特な風合いを帯びました。そして運命の日曜日がやって来たのです。夕方、妻がカラオケに行くと言うので鞄持ちとしてこれに馳せ参じました。私の母はどこに行くのにもタッパを持って行く人でその母に育てられた私は当然質素でした。そのことは霞ヶ関で働く上級国民となった今でも変わることはありません。私はカラオケに行くときは必ず持ち込みをする。駅前のカラオケボックスに向かう最中、同じく駅前のサミットでは…何か華やかな美しい音楽のアレッグロの流れが、見る人を石に化したと言うゴルゴンの鬼面的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリウムに凝り固まったと言うふうに…レモンが並んでいました。私は深夜の湖の底のようなマッドブラックのレモンを4本手に取り小銭でそれを買った。小銭には錆びて緑青掛かった十円玉も混じっていた。それにしても、レモンの冷たさはたとえようもなく良いものでした。私は市井の人々が買い物をするために止めた自転車の列の端っこに自転車のように立って妻の鞄に入れたレモンを一つ飲み干した。カラオケボックスに入ると妻は私を試すかのように煉獄さんの追悼歌を歌っていました。しかし、私は動じません。悲しみを迎えに行くのはヤメよう〜♬です。鞄の中のレモンは冷たさを失い始めていましたが、栓を解くと木目細かい気泡が私を幸せな気分にしました。鼻を撲つレモンの香りによってその産地だと言う南足柄の地が想像に上がってくる。そして、私は全世界の中で唯一アメリカの白人労働者のみ平均寿命が短くなっていて、その理由がレモン果汁の飲み過ぎだというニュースを思い出した。電車の中で車掌のモノマネをしながら奇声を発する青年も、我々霞ヶ関で働く上級国民も退官すれば同じような生活を送るこの成熟社会で、寿命が縮まるのは不幸なニュースであるのか幸福なニュースであるのか誰がその判別をするのだろう。私は雑音を振り払うかのように恐る恐る東京オリンピックの歌を入力しました。…それはまんざらでもなかった。いや、上出来だった!妻は私の桑田のモノマネを聴いてアホの坂田のようだと言ったがそれは普段の金切り声からすれば柔和な諧謔でありました。私はモノマネをして一つの歌を歌い切った。退官はしていないが誰に頼まれた訳でもないのにモノマネをして電車の中で奇声を発する青年と同じになったということに本質に先立つ実存を見つけ私は悦んだ。レモンは全て殻になっていました。そして遂に2315がやって来たのです。妓夫太郎の毒が徐々に廻っているとは言え宇髄さんの変わらずのド派手な登場に心が軽やかになりました。炭治郎が妓夫太郎の血鬼術に吹っ飛ばされたことにより、地上では宇髄さんと妓夫太郎のシングル、階上では堕姫対炭治郎、善逸と猪之助という変則マッチが同時並行します。那田蜘蛛山までは炭治郎だけ、無限列車では猪之助が予想外に活躍しましたが、同期3人のトライアングルは記憶が許す限りでは初めてのことと思い心が湧き上がりました。炭治郎と本当に眠っている眠狂四郎たる善逸の支援射撃により、猪之助の双刀が堕姫の首を捉えます。そして、これらを鋸のようにギザギザして堕姫の首を刎ねることに成功しました。「やった!」と私は喝采の雄叫びを挙げました。ただ、上弦の陸は二体で一つであるが為2体同時に首を刎ねなければなりません。しかし、宇髄さんの読みによりそれは同時でなくても構わないという認識は共有されています。猪之助は堕姫の首を持って遠くに逃走します。それにしても心というものは何とも不思議なやつでしょう。つい最近までSEKAI NO OWARIのピエロと呪術廻戦のパンダみたいなキャラと猪之助の違いが分からなかった上級国民の私が漫画の中の猪のお面を被っている奇妙な少年の活躍に熱狂しているのです。「走れ、猪之助!」炭治郎が叫び、私は同じ台詞を重ねました。次の瞬間です。6時の方向から飛来して来た妓夫太郎の毒釜に猪之助の左胸が貫かれます。これと同時に観る者の不安を最高潮にさせるヒッチコックばりの炭治郎の神経質な驚き顔のアップが映し出されました。シングルで闘っていた妓夫太郎がフリーになるということは…?そして画面が切り替わり、手首を刎ねられ地面に這いつくばった見るも無惨な宇髄さんがセピア色になって私の目に飛び込んで来たのです。エンディングテーマが流れ、私もセピア色になりました。小学生の頃に植え付けられた、笑点から始まってサザエさん、花王名人劇場に繋がりシオノギ製薬提供の歌番組が始まると「あぁ明日学校か。」という認識を突きつけられる長い日曜の夜の灰色がかった歴史がセピア色一色に塗り替えられました。私は遊郭編は愚か一生鬼滅の刃を観ることはないでしょう。残酷な世界が酷すぎる。私はどんな妻のモラハラにも耐える覚悟でこのセピア色の世界を生きていきます。そして、モラハラにも適用される法改正が施行されたらすぐ保護命令を申し立てるつもりです。申立先は家庭裁判所で間違いないですよね?
新春🎍特別お悩み相談〜煉獄さんの死
あの日を決して忘れられることは出来ません。翌週ロードショーとなる映画「鬼滅の刃」を観に行くということで私は急遽妻にアマゾンプライムを契約させられ、炭焼きの家で禰󠄀豆子が鬼になった回から炭治郎たちが無限列車に乗り込む回までをほぼ徹夜で予習させられました。東京喰種を彷彿させる残虐なシーンから始まり目を覆いましたが、過酷な訓練に耐える主人公である炭治郎の姿がかつての王道スポ根漫画の系譜に属していることを認識した後は、妻の監視が解けるほど鬼滅の世界観に没入し行きました。鬼滅隊の最終選別で異形の鬼「手鬼」と炭治郎が闘った時のことです。大きな岩を斬った際に手助けしてくれた錆兎と真菰という鱗滝の弟子が実は最終選別で醜い手鬼に殺された地縛霊だったことを知った時、「必ず首を斬ってくれ、炭治郎!」と思わず叫んでしまった時からは寧ろ鬼滅の世界観から抜け出せなくなってしまいました。いよいよ明日ロードショーという日の前夜、煉獄さんが蝶屋敷で胡蝶さんに「どこに行かれるんですか?」と尋ねられ、「鬼が出た。上弦の鬼かもしれない。」と答えるシーンを見てザワザワとした小文字のざわめきが生じました。なぜなら、鬼滅の「き」も知らず、呪術廻戦と東京リベンジャーズとの区別も付いてない時にまだ小学2年生だった長男が洗濯物を干している私に近寄って来て「ねぇねぇ、鬼には上弦と下弦がいてね。上弦の鬼は凄く強くて、柱でも2、3人居ないと勝てないんだ。なのにさ、たった一人でその鬼に立ち向かった柱がいてね。」と言って来たのに対し、「へぇ、それでその人勝ったの?」と尋ねると「シンジャった。」と答えたくだりを微かに思い出したんです。だから、私は映画館でポップコーンを買うために並んでいる際「煉獄さん、死ぬんだよね?上弦の鬼に殺されて…。」と妻に訊いたのです。そしたら、妻は「は?煉獄さんは主要キャラだよ。死ぬ訳ないじゃん。ローソンのおにぎりのキャラクターになってるの知ってるでしょ。この前、自分も食べてたじゃん。」と言われました。以前にも「誰も死なないから、ホント絶対❤️」と騙されて映画「ソウ」を観させられたこともあって半信半疑でしたが、私は妻の言葉を信じて座席に着きました。炭治郎たちの活躍で下弦の壱の鬼である魘夢は「悪夢だ…。」と呟きながら、灰になって死に絶えました。魘夢は肯定しても否定され、否定したらそのまま殺されるという先のパワハラ会議の生き残りの下弦の鬼で、鬼舞辻無惨から血を貰い、炭治郎たちを倒してまた血を貰い、百年以上もその座に君臨し続ける上弦の鬼との入れ替え戦に挑む夢を持っていました。人に夢を見させる鬼が白昼夢を見ながら「悪夢だ…。」と言いながら死んで行く様は実にシュールで愉快でした。暫く「悪夢だ…。」が私のマイブームになるなぁなんて幸福な予感に駆られながらエンドロールを待ち侘びていると、暗闇から突如強そうな鬼が現れてまさかとは思いましたが、そのまさかで右目に「参」左目に「上弦」と書かれた鬼が現れました。「やられた、また騙された!」と思い、妻の横顔を確認しましたが、妻は全くの無表情でした。闘いが始まりましたが、煉獄さんは想像以上の無双であることは無限列車内で認証済みです。ハリウッド映画でよくある「2」或いは「3」に向けた布石打ちだと思い、大船に乗ったアップビートな気持ちで闘いを見ていましたが、左目にクリティカルヒットを貰い片目が見えない状態に追いやられた辺りからヤバいんじゃないかと思い始めました。もうダメだと思ったのは、上弦の鬼と対峙して全力交錯した後、マント越しからのターンアップで「ハァハァ」と息を切らした煉獄さんの姿を見た時でした。どうしてそう思えたかと言うと、腹を刺された炭治郎に「そこだ」と言って止血を促した呼吸の達人にも関わらず、「ハァハァ」と息を切らすことなんて絶対にあり得ないと思ったからです。煉獄さんが奥義を出そうとして構えた時、私は煉獄さんの敗北を確信しました。どうしてそう思えたかと言うと、私は実は隣の市のスポーツセンターで合気道を習った経験があり、その師範代が「奥義は人に見せるものではない。その人とは自分でもある。」と仰っていたことを思い出したからです。つまり、奥義とは単に最終の必殺技ではなく自らの死を意味するものなのです。そして、煉獄さんは上弦の参の鬼に腹を割かれて死にました。煉獄さんは、長男がかつて言っていた「上弦の鬼に一人で立ち向かった柱」だったのです。市川崑の名作「悪魔の手毬唄」で金田一耕助が何度も唄を聞きに行く老婆が自分の子供になったような倒錯を感じました。かつて年長者が子供たちの見知らぬ物語を話すのを子供たちが恐る恐る訊いていたのと逆の構図であります。大人になりきれなかった中年が「名探偵コナンの逆だね。」って言われるみたいな感じは少し遠いかも知れません。兎に角、結末を知らなかった大黒柱の私だけが煉獄さんの死のダメージを受け身なしでもろに喰らい、暫く呆然として映画館を出てもフアフアと地に足が付きませんでした。妻の顔を見ると満足し切った表情で鼻を膨らませながら、ヒッヒッと手鬼のような独特の笑いを浮かべています。長男が口を滑らせた情報によると、柱はほぼ全滅するそうです。あんなに若くて美しく強い柱たちが鬼に惨殺される様を想像すると絶句します。こっちは錆兎と真菰が手鬼にトマトみたく握り潰されるシーンが頭にこびり付いて離れていないのです。あと何人私は柱の死を見届けなくてはならないのだろうと思うと夕焼けを前にして佇む零戦の整備班長のような老生して鄙びたダウンビートな気持ちになります。私は日々の平常心を守るためにこれ以上、鬼滅の刃を見ないこと決意しました。ところが、昨年秋にテレビシリーズが始まりました。私は意を決して妻に「もうオレ鬼滅の刃は観ないから」と宣言しました。しかし、宣言虚しく私は日曜の夜は昭和の時代にタイムスリップしたかの如く、オンタイムでお茶の間に括り付けられます。トイレに行くフリをして席を立とうとすると「何か勘違いをしていないか?」「家族を持つ資格がないようだ。」「キンタマ付いてんのかよ、ただの作り話だよ?」「あぁまさかの自分一人で生きているつもりの結婚不適合者だね。」「子供も楽しみに観てるのに親じゃないよ全く。」「よもや、よもやだ。」と意味不明の矢継ぎ早で言い返すことの困難な正論をぶちまけて来ます。大体その子供はこの物語の結末を知っているのです。私が知らなくて絶対に知りたくない物語の結末を自分の子供が知っていて、その物語を自分の妻に強制的に見させられるのって何なんでしょう。これって俗にいうモラハラだと思います。新聞で読んだんですが、近い将来モラハラにも保護命令が適用されると聞きました。私はモラハラで裁判所に保護命令を申し立てたいです。私の保護命令は認められるでしょうか?
令和3年滝行開催決定
来たる令和3年12月28日神奈川県の某滝にて弊所の滝行訓練が例年通り開催されることとなりました。同日同場所にて入所試験も行われる予定です。令和元年入所の弁護士エイジ以来の合格者が誕生するかどうか。乞うご期待です!