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新年の挨拶に代えて〜令和3年

令和2年末のしまなみ海道走破、そして大晦日に限りなく近い滝修行を経て今、緊急事態宣言下の沖縄からの帰路に着き、漸く皆様に新年のご挨拶を幾久しくさせて頂くことが出来ました。この2月末の時機に新年のご挨拶を差し上げるのは、全て私の不徳の致すところであり、矮小な快楽にストイックに充足した時間が無ければ、決してこのような挨拶をすることはなかっただろう反省するばかりです。年末に滑り込ませることが出来なかった幾つかの尋問期日を終え、永らく対話することのなかった妻とコロナ禍の空間を供にするというセンチメンタルな悦楽を男性専門の法廷弁護士として間近かに感じたその余韻を二つ三つと抱えながら、私は深夜、第2次緊急事態宣言下の那覇空港に降り立ちました。泡盛の酔いに任せた徹底的に暗い眠りから醒めると、私はスパルタン<BEAST>を完走した際に貰った緑色のTシャツを身に纏い、会場とされる美山ビーチに向かいました。「このレースは重大な事故が起きる可能性があるものです。」「主催者はその全ての事故に一切の責任を負いません。」とユニバーサルに無理やり和訳された同意書に署名をし、マッドマックスの広大な砂漠を彷彿させる爆音の響きを肌に感じること暫く、例によって突如レースは始まりました。アーノルドシュワルツネガーは現役時代一切の有酸素運動をしなかったという筋肉神話と心中し掛けている私が、愛すべき地方都市から東京に向かう列車にギリギリのタイミングで乗り込むとき以外は走ることをしなかったことを股関節の軋みを通して知るとき、私は漸くこの重大な事故が起きる可能性がある自己責任のレースに参加しているという実感を得ることが出来るのでありました。このような実感のズレをプルーストの失われた時を求めての主人公が育ての祖母の葬式の帰りに靴紐が解けていることに気づき靴紐を結び直した際によく祖母が靴紐を結んでくれたことを想起して号泣したことや、高校2年生の夏に告白されて気乗りせず交際を始めた女性の腋化に毛が生えていることを通して初めて自分が浪人したことに気付いた実弟の御伽噺を通して確かめ直すと、私の前にあるトラウマに満ちた障害物が現れました。それは「Twister」と銘打たれた障害物です。スパルタンレースには障害物の前に動物園にいるワニがどのようなワニであるかを指し示すのと同じようにその障害物の名前と特性が記されている看板が建てられています。もちろん、一刻一秒を争う「ELITE」レーサーはそんな看板など見るまでもなく猛禽類が獲物に食らいつくように障害を超えるのでしょうが、私は今回は「SUPER」としてレースに参加していました。そのコース選択はかつて専門の男として税金から金銭を支給されていた者としてのプライドとそうは言ってもという現実にアリストテレス倫理学中最大の徳とされた中庸を適用したことに所以を持ちます。とはいえ、出場者の殆どが経験者か腕に覚えがある者で、パニッシュメントバービーを分け合うことが許される「OPEN」カテゴリーとは大きな一線を画すものでした。「Twister」は言ってしまうとSASUKEの序盤に出てくる障害物で45°刻みで三連に溶接された特殊な回転式の持ち手が連結されたものです。何を隠そう一昨年秋のBEAST時に5回挑戦して5回とも半ば辺りで力尽き、かつての専門の男として筋痙攣の漣を一と数えるという屈辱のバービーを強いられた障害物でした。失敗すればおそらくはその後のレースがアンチクライマックスとなる瞬間が訪れ、必殺技の直前にサポーターを外すプロレスラー、或いは、射精の直前に避妊具を外す射精者といった具合に巨大なオブジェである「Twister」の足元に外したグローブを丁寧に並べた後、漸く私の利き手は重力を感じることになりました。前回の失敗の本質はミッドウェー海戦を引き合いに出す迄もなく、悉く力任せに行こうとしたことに求められます。この障害物は次の取手に手を掛けた後は後方の手を完全に離さない限り、次の取手が真下に回転しないため自縄自縛に陥ってしまう仕組みになっているのです。そのため肘の力を開放し、テンポよく進むために後方の手を素早くリリースするという勇気と技術が必要になります。とはいえ、従前の挑戦は5回全て失敗し生きる意味を知らない程度に打ちのめされているため、その力加減がほとほと難しいことも理解しています。その証左に殆どのSUPERレーサーがパニッシュメントのバービーを邪魔にならない場所で恥ずかしげに繰り返していました。半ばまではテンポ良く辿り着いたものの自縄自縛になる恐怖が途端にモチモチの木さながら怪物に化け私の前に立ちはだかりました。どんどん力が篭って行き、それにつれて肘は曲がってテンポが取り辛くなります。そうなってしまうと中々リラックスの挽回は難しいです。そこで、私はカルキ臭い昭和の25メートルプールを泳ぎ切ったあの頃のようなフレッシュでどことなくファニーな全能感とともに、火花を散らつかせながら力任せに眼前のベルを叩きました。不安定に着地すると赤いTシャツを着た係員が「いい筋肉でしたよ!」と大胸筋の割れ目に鈍い痛みを感じる過呼吸気味の私に喝采の声を上げました。「凄い筋肉ですね!」と一週間に一度は言われた20代30代とはもう随分と月日が経ったのだと暗と知らされながらも、決して単なる物体としての障害物ではなく立ちはだかった障害を自分自身だけが自分自身のために克服したという無味無色の事実にフレッシュでどことなくファニーな満足感を得たのです。思い返してみると第1次緊急事態宣言下、散歩中に偶然見つけた市民球場の裏に誰がどんな意図を持って設置したのか分からない鉄棒にジャンプして捕まり、暇を見つめては懸垂運動を繰り返していた。その回数は緊急事態が深まるにつれ増えてゆき、専門の男だった全盛期の27回を超えて30回に届くか届かなかったに達したところで、第一次緊急事態宣言が明けたのです。その後はコロナと聞いてビールか石油ストーブかを思い浮かべた牧歌的な従前の、裁判所巡りと矮小な快楽にストイックに充足する日々に戻り今に至ります。ふと今月の祝日前の深夜に久しぶりに鉄棒にジャンプしようと、球場の裏に向かうと、ちょうど少年から青年に向かおうとして各々がそれぞれの身の丈に合わないことをしようとしている雰囲気を醸す若者の群れがその鉄棒を囲んでいました。私は品格を重んじる順応主義者として踵を返し掛けましたが、それよりもテストステロンの減少にジンテーゼを唱えることの虚しさを恐れ、踵を返し直し、その若者の群れに悠然と飛び込んでジャンプしたのでした。第1次緊急事態明けの記録には届かないことは分かっていましたが、10回、15回、20回を超えて反動を使えず、指だけでぶら下がってから粘って何回やるかが肝となる域まで達し、程なく24回を超えたところで一粒の麦となることが出来ました。深夜の若者たちは同性の動物として私の懸垂を称えました。それを思えば、私の「Twister」の挑戦はかつての専門の男として出来て当然の匂いがしないでもありません。しかしかつてクリアすることの出来なかった障害物を目の前に立ちはだかった障害として克服したことに決して浅くはない満足を得たことは紛れもない事実なのです。

これをもって新年のご挨拶に代えます。本年もどうぞ宜しくお願い致します。